ESLプログラムの落とし穴〔2〕


学校のESLプログラムは、現地校に登校し始めて間もなく必要なサバイバル英語を必ずしも初めに教えてくれるわけでもないので、注意しなければならないという話を〔1〕で触れました。では、学校生活のパターンに慣れてきて、サバイバル英語をある程度習得し、学習活動に必要な英語を習得する段階に至ったら、安心できるのかと言ったら必ずしもそういうわけではありません。様々なESLやバイリンガル教育プログラムを見てきたバイリンガルサイコロジストの意見では、まず、教師の質の面、カリキュラムの面において、問題を抱えるESLプログラムが多いのが現状であることを指摘していました。ここではまず教師の質に関して触れておきたいと思います。

米国では残念ながら学校教師という職業は社会的にハイステータスとは言えません。日本に比べて『個性』『天才』的観念が強いこともあるのでしょうか、就職システムなどを見てもわかるように、素人や初心者に対しての基本からのガイダンス、教育や養成システムが日本に比べて弱いです。(ファーストフードやコンビニエンスストア、レストラン等、店員の接客スキルなどを思い出してみて下さい。)米国の基本システムの弱さは、仕事や大人の世界だけではなく、社会全般的にそうであり、人生の基本である子供時代に対しての見方も必ずしもサポーティブとは限りません。そして、義務教育が長い間なおざりにされていたというのは、米国でエリートとされるアイビーリーグのような大学で教育学部自体が設置されていなかったことからも明白です。社会的価値を左右するようなエリート校がこんな具合ですから、優秀な人材は皆教育分野以外に流れてしまい、学校教師はエリートコースに進めなかった者がなるものという見方が強いのです。実際、周りを見回しても本当に数学が好きで得意な人は、コンピュータだとかエンジニアリングの分野に、英語を専攻していた人も大学院で方向転換し弁護士を目指すようなパターンが多く、シカゴ市内の学校教師には中学や高校レベルの学力しかなかったり、教師不足のため教師の免許を持たずに教育に携わっている人も少なくないため、基礎を身につけなければならない大切な時代の教師の質という点で社会問題になっているのが現状です。要するに、社会全体が基礎や土台を固めることに興味がない、もしくは、重視しておらず、既に基本を身に付けていることが前提となってシステムが機能しているため、才能や技術、知識を持った人はどんどん前に進んでいける反面、基本を身につけようとしている段階の子供達は学校環境によっては前に進むこと自体大変になってしまうという場合も大いに有り得るわけです。

残念ながら、ESLの教師も例外ではありません。教師自身が外国語を習得したことがあったり、移民の子供達との経験が豊富であるようなベテランであるとは限りません。英語しか話さない教師には英語を家庭で話している子供達と英語を第二言語として学んでいる子供達とは教え方が異ならなければならないという感覚自体すっぽり抜けていることがあり、アルファベットを教えるだけでも『"e"はelephantのe』とelephantという単語自体聞いたことのない子供に繰り返し押し付け、無理矢理教えてしまうような場合が少なからずあるようです。クラスに例えば基本単語を習得した他の日本人の生徒やバイリンガルのパラプロがいて、来て間もない生徒に教師の言っていることを日本語で説明することになったとしても、結局『"elephant"は"象"のこと』ということになり、全く"e"の音とは関係なく、アルファベットそのものの学習に結びつかず、アルファベットや発音の習得に必要以上に時間が掛かることも有り得るわけです。極端な場合は、子供が学習に戸惑っているのを見て、自分の教え方を見直すこともせずに、子供に学習障害でもあるのではないかと、教師から子供の方が問題視されてしまうこともあるのです。

ESL教育の人材における他の問題点は、パラプロの質です。子供が全く英語がわからず、ESLの教師も子供の言語を話せないため意思疎通さえも困難な場合、バイリンガルのパラプロ(アシスタント)を雇う場合が多いと思われますが、人手不足のために子供の通訳さえ出来れば誰でもよいというスタンスでパラプロが雇われた場合、学校という場であるにもかかわらず、子供の学習や成長に関して全く知識がないスタッフから教育を受けることになるわけです。テューターなどの経験豊富なパラプロやパラプロの研修を行なっている学校(学区)でしたら問題ありませんが、ただ通訳のためにだけに子供に付けられたパラプロの場合、先程の『elephantの"e"』の例のように、日本語で説明されても子供の学習が効果的に進むわけではありません。学校側が何らかの理由で、ESLの授業に子供を入れず、普通授業の教室に通訳パラプロを付けるだけのサービスを施した場合、他のアメリカ人の生徒達と同じように過ごす時間が長くなるからと言って英語習得が早まると思うのは間違いです。通訳だけ付けるのだったら、むしろ、日本語は全く話せないけれど経験豊富な教師のESLの授業を英語があまり話せない他の生徒達と一緒に受ける方が子供の英語学習面においては効果があり信頼性があります。

特に小学校高学年ぐらいから現地校に通い始め、学校の言う通りに3年間程でESLプログラムを修了するという場合、3年間で本当に他のアメリカ人の生徒達と同じ程度の読み書き、文法等習得しているのか、ESLのサービスなしに国語(=英語)の授業に出始めたところでESLプログラムで学び残した文法内容等ないものなのか考えてみて下さい。どんなに3年間カリキュラムがしっかり組まれたESLプログラムであっても、カリキュラムはあくまでも教師側の進度予定であり、子供の学習進度と一致するわけではありません。教師や学校側はESLの生徒を計画通りに修了させることによって、自分の責任を果たしたと自分達の教育の質を確認するようなエゴが入ってくる場合もあり、子供の学習問題を無意識にも意識的にも見過ごしていることがありますので、学校側から修了と言われた時点で、ESLプログラムを利用する価値が本当にもうないのか、家庭で再確認することをお勧めします。現地校のESLプログラムは無料で学問に必要な英語を学べるという素晴らしい機会です。例えば、後にアメリカで大学に進学することになり、高校までにESLを修了したのに大学側からまだ英語力が十分でないと判断された場合、大学で学費を払ってESLプログラムを受講しなければならなくなり、その上、一般科目の受講も制限されますから、高校卒業までのESLプログラムというシステムを十分活用しなかったことによって、結果的に、時間的にも経済的にも無駄になってしまうことになります。現地校に通っている間にESLプログラムを十分...十二分に利用するぐらいの気持ちで、プログラム修了と言われても子供に必要な学習サポートが感じられれば学校側にどんどん要求してよいと思います。何故なら、子供の学習に関する要求に応えるのが教師の責任であり役割であるからです。

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