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食道は頸部、胸部、腹部の3領域におよぶ細長い管腔臓器である。口腔から胃に到り、食物を輸送するのが主たる役割となっている。食道自体は背側に位置する臓器であり、およそ脊椎前方に接して下行している。そのため、腫瘍が進行した場合には背部痛が出現する。頸部では、すぐ前方に気管が接しており、頸部食道癌では解剖学的に気管浸潤が発生しやすい。胸部上部においても前方に気管が位置しており、他臓器浸潤としてはやはり気管が最も侵されやすく、気管食道瘻が発生しやすい。胸部中部においては左主気管支が浸潤をうけやすく、胸部下部においては大動脈や心嚢が浸潤されやすい。その他、左右には胸膜を介して両側肺も位置している。以上のごとく食道周囲には生命を維持するために必要不可欠な重要臓器が取り囲んでおり、他臓器浸潤が発生しやすい癌腫であるため高度進行癌の場合には治療が困難なものになっている。食道上皮は扁平上皮にて構成されている。食道壁は内層より上皮epithelium(EP)、粘膜固有層lamina propria mucosae(LPM)、粘膜筋板muscularis mucosae(MM)、粘膜下層submucosa(SM)、固有筋層muscularis propria(MP)、外膜adventitia(A)より成る。粘膜固有層にはリンパ管が豊富に存在しており、食道癌においては粘膜内癌でもリンパ節転移をきたす原因の一つと考えられている。粘膜下層には食道全域にわたって重層円柱上皮より成る粘液分泌腺(食道腺)が存在している。ほか、上部食道および食道噴門境界部には単層円柱上皮よりなる食道噴門腺が粘膜固有層に分布している。これら円柱上皮は食道腺癌の発生母地の一つとなると考えられている。日本では食道癌の9割以上が扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)である。角化巣を指標として、高?中?低分化癌に亜分類される。ただし、胃癌と異なり、分化度の違胃の働き いによる生物学的特性の差異は目立たず、細胞の異型度や悪性度とも必ずしも平行しない。腺癌(adenocarcinoma)は食道腺、異所性胃粘膜あるいはBarrett食道から発生すると考えられている。Barrett食道とは、下部食道の粘膜が円柱上皮で被われている状態をいい、1950年にBarrettが初めて報告している。先天性と後天性があると考えられており、後者では、下部食道の扁平上皮が逆流性食道炎によりびらんと再生をくり返し、その過程で円柱上皮化していくものと考えられている。欧米では胃食道逆流現象を主たる原因とするBarrett食道癌(腺癌)が多く、食道癌の半数以上を占めるが、日本においては切除食道癌のうち現時点では約2%を占めるにすぎない。欧米では、Barrett食道そのものが前癌病変と考えられるようになってきている。我が国でも今後、生活の欧米化に伴い増加することが予想される。ほか未分化癌などの組織型も発生しうる。癌原発巣から連続する直接浸潤の最深部をもって壁深達度と定義される。深達度は粘膜上皮(EP)、粘膜固有層(LPM)、粘膜筋板(MM)、粘膜下層(SM)、固有筋層(MP)、外膜(A)に分類される。癌取扱い規約では、深達度に対応してTis、T1a、T1b、T2、T3、T4に分類されている(表1)。癌取扱い規約では、深達度が粘膜下層までにとどまる癌腫を表在癌と定義されている。深達度は食道癌の予後決定因子の一つであり、粘膜内癌(Tis,T1a)は転移もほとんどなく治療後の予後は非常に良好であるが、T4食道癌(他臓器浸潤癌)の予後は極めて不良である。リンパ節転移は深達度とともに、食道癌の予後を決定する重要な因子である。癌取扱い規約では、リンパ節の部位ごとに名称が定められ、また番号も付けられている。
 食道癌のリンパ節転移は頸胸腹の広範囲におよぶことが特徴であり、腫瘍の占拠部位別にそれぞれのリンパ節は、1群、2群、3群、4群に分類されている。群の数が増すごとに遠隔までの転移を意味することになり、予後も不良となる。転移部位のみならず、リンパ節転移個数も予後に大きく影響することがわかっている。占拠部位により、リンパ節転移の好発部位が異なることも知られている。胸部上部(Ut)症例では、上縦隔および頸部への転移が多く、胸部下部(Lt)症例では腹部への転移が多い。胸部中部(Mt)症例では、どちらの方向へも起こりうる。深達度がますにつれてリンパ節転移頻度も高まることがよく知られており、粘膜下層に深くはいったものではほぼ半数でリンパ節転移が認められる。その意味では、食道癌では、表在癌であっても、「進行癌」であることは珍しくないのである。表2に癌研病院における深達度別リンパ節転移頻度を表す。深達度が深くなるにつれて、転移率が明らかに高くなっている。なお、日本では粘膜内癌および粘膜下層癌はさらに、それぞれの層内における深さによって3分類(EP,LPM,MM, SM1-3)されている。存在診断ならびに病期判定において欠くことのできない検査である。食道癌の肉眼型は癌取扱い規約において、表在型と進行型に二分され、さらに表3のごとく細分化して記述されることになっている。内視鏡所見によりおよその深達度診断は可能である。また、内視鏡検査において行われる生検 biopsyは食道癌の組織学的確定診断のために必須である。通常観察のみならず、ルゴール染色による観察は、肉眼的には存在診断すら困難な病変(粘膜内癌)の拾い上げや、癌病巣の範囲決定、および副病巣の発見に大いに有用である。前癌状態と考えられている異形成の発見も現時点ではルゴール染色によってのみなされると言っても過言ではない。正常食道上皮にはグリコーゲンが含有されており、ルゴールとのヨード反応により正常上皮は褐色に染色されるが、癌ではグリコーゲンが含まれないので、染色されないのを利用したものである。表在癌の深達度診断は困難であるが、進行癌における他臓器浸潤の有無診断には最も有用である。気管?気管支への浸潤は変形や偏位で、大動脈への浸潤は癌の接触角90゜以上で判定されることが多い。リンパ節転移や遠隔転移の診断においても有力であり、内視鏡とともに食道癌治療においては必須の検査となっている。リンパ節転移については、円形で長径1cm以上のものが転移陽性と判定されるが、小さなリンパ節でも転移が認められることはしばしばあり、そのような転移についてはCTによる診断は困難である。超音波内視鏡検査(EUS)は深達度診断および周囲リンパ節転移診断に有用である。表在癌の深達度診断においては、粘膜内癌の正確な診断は困難であるが、粘膜下層浸潤の有無の判定には有用であり、EMRの適応決定に際して重要な検査である。リンパ節転移診断は、長径1cm以上、類円形のものを陽性と判断する施設が多いが、1cm未満の小さなリンパ節についての判定はCT同様困難である。内視鏡型同様、形態学的に表在型、進行型に二分され、さらに細分化されている。しかしながら、X線造影による粘膜癌の診断は困難であり、特に表在癌症例では内視鏡により存在診断がついた後で行われることも多い。有症状症例では、狭窄の程度判定に有用である。また、占拠部位診断のためにも有力であり、その検査意義が乏しいわけではない。また、気管、気管支、肺との瘻孔形成例については確定診断となる。近年、PETによる悪性腫瘍の評価が活発に行われるようになってきている。一回の検査で全身検索可能であることから、従来の検査では描出できない病巣が発見できる場合もある。悪性腫瘍ではブドウ糖代謝が亢進していることが知られており、FDG(18F-2-fluoro-2-deoxy-D- glucose)もブドウ糖と類似して悪性腫瘍に取り込まれる。ブドウ糖代謝画像であるFDG-PETが一般に行われている。食道癌治療においては、治療開始前のリンパ節転移および遠隔転移などの進行状況の確認に適している。生検などによる病理組織学的結果が判明すれば、食道癌の診断自体は容易である。食道に腫瘍あるいは腫瘤を形成するものはすべて鑑別診断の対象となるが、生検材料が得られれば診断に苦慮することは少ない。ただし粘膜下腫瘍様発育を示し、病巣よりの生検が難しい場合には、鑑別診断は困難となる。また、逆流性食道炎などにより炎症反応が強い場合には、胃酸 分泌 組織学的判定が難しい場合があり、その際には臨床所見が重要な鑑別点となる。治療法は癌の進行度によって異なる。治療法の柱として内視鏡的粘膜切除(EMR)、外科治療、化学療法、放射線療法があり、食道癌治療ガイドライン(2007、金原出版)により治療法の選択が定められている。それらが単独で行われることもあるし、組み合わさって同時にあるいは前後して施行される集学的治療となることもある。食道癌治療ガイドラインに掲載されている進行度別の治療方法の選択は注2のとおり。Stage IからIIIでは外科治療が標準治療となっている。いずれにしても、患者本人が受ける治療法の長所欠点いずれをも理解し、納得の上すすめられることが肝要である。 従来より、食道癌治療の中心をなすものであり、現時点においてもその地位は変わらない。以前は、食道切除術は手術死亡もおこりうる侵襲度の大きい手術であったが、現在、手術死亡1~2%であり、比較的安全に行えるようになってきている。
 食道癌手術を構成するのは、アプローチ、食道切除、リンパ節郭清、消化管再建であるが、現時点での胸部食道癌に対する手術としては、「右開胸開腹食道切除、3領域郭清、胃管挙上再建」が標準となっている。すなわち、アプローチは右開胸?開腹?頸部切開、切除範囲は胸部食道全摘、リンパ節郭清範囲は頸部?胸部?腹部の3領域郭清、再建は胸骨後胃管挙上?頸部食道胃管吻合が標準手術となっている。それぞれの要素は侵襲性と直結しており、症例のリスクにより、あるいは腫瘍の占拠部位や進行度により、上記の要素は変更して選択される。  食道は胸部においては、背側、後縦隔に位置する臓器である。前方には気管、心臓、胸骨があり、切除に際しては側方よりアプローチし、かつ肺を圧排虚脱させて食道に到達しなければならない。開胸操作は通常右第4ないし5肋間、前側方あるいは後側方開胸で行われている。創をより小さくすることにより、術後の QOL向上を目指して、施設によっては胸腔鏡下手術が導入されている。胸部下部食道癌に対しては、上縦隔郭清の必要がなければ、腹部創と左第6ないし7肋間の開胸を連続させる左開胸開腹によるアプローチも行われている。気管周囲の縦隔郭清が縮小され、侵襲度が軽減される。下部表在癌あるいは高齢者などの high risk症例に対して適応となる。  胸部食道癌では、胸部食道全摘が標準となる。ただし、中部および下部癌で、胸腔内吻合が選択される場合には縦隔高位で食道は切離される。しかし、腫瘍の占拠部位などによっては、腫瘍から切離断端までの距離を十分確保することが難しいこともあり、そのような場合は術中の凍結迅速診断などによる確認が必要となる。  リンパ節郭清については、従来、胸部?腹部の2領域郭清が行われていたが、再発症例の検討から、日本では1980年代後半から頸部郭清をあわせた3領域郭清(three field dissection)が行われるようになってきている。上縦隔、特に反回神経に沿ったリンパ節の転移頻度が高いことが明らかになり、UtおよびMt癌では左右反回神経リンパ節は1群リンパ節に位置づけされている。また、同リンパ節に転移を有する症例では、頸部領域にも転移きたしやすいことが知られており、3領域郭清が重要視されるようになってきた。食道癌登録集計では、2領域郭清に比較して、Lt領域症例では差が認められないものの、UtMt症例では術後予後において有意に良好な結果が示されている。胸部郭清は、食道周囲の縦隔内組織郭清を意味する。すなわち両側の臓側胸膜に挟まれ、背側では大動脈や椎体、腹側では気管や心嚢に囲まれた領域を食道とともに切除する。気管血流のために気管支動脈は極力温存し、また機能温存のために迷走神経も心臓枝や肺枝を分枝した後で切除すべきである。腹部では噴門や胃小弯、すなわちNo.1、2、3、7などに高頻度に転移が認められる。通常、これらに加えて腹腔動脈周囲(No.9)も郭清するのが一般的となっている。再建に利用される臓器として胃、結腸、空腸が、再建経路としては胸壁前(皮下)、胸骨後、後縦隔?胸腔内がある。吻合の位置は、胸壁前?胸骨後?後縦隔では頸部となる。それぞれの長所?短所を表4,5に示す。再建臓器では胃が最も頻用されており、8割以上の症例で利用されている。再建経路では、胸骨後が最も多く36%、後縦隔が26%、胸腔内が20%と報告されている。最近では、自動吻合器の進歩もあり、縫合不全が減少しており、胸腔内吻合症例が増加している。そのほかのアプローチとして開胸せずに食道のみを切除する食道抜去術がある。開腹下に横隔膜食道裂孔を開大して、開胸せず頸部と腹部からの操作で胸部食道を抜去切除する方法である。適応は頸部食道癌の切除後再建や、肋膜高度癒着や低肺機能のために開胸切除が困難な症例、高齢者やpoor risk例、表在癌でリンパ節郭清が不要な症例などである。手術死亡率は1~2%まで減少してきており、浸襲の大きな手術であるが、比較的安全に行えるようになってきている。 食道癌治療のなかで化学療法のみの単独治療が適応となるのは、遠隔臓器転移例、あるいは再発例などである。よって、初回治療で、化学療法のみ選択されることは少ない。逆流性食道炎 予防 多剤併用療法が主流で、現時点ではCDDP/5-FU併用療法が標準レジメンとなっている。扁平上皮癌の進行再発例に対して36%の奏功率が報告されている。ほかpaclitaxelを中心とした併用療法も行われるようになってきている。
 術前補助化学療法 neoadjuvant chemotherapyは、手術単独群との比較において、生存率改善効果を証明したevidenceが現状では乏しい。大規模なRCTでも、有効、有効性なしに結果は分かれている。一方、術後補助化学療法adjuvant chemotherapyにおいては、JCOG(Japan Clinical Oncology Group)食道がんグループによる術後CDDP/5-FU2コース vs 手術単独のRCTで、手術単独に比べ無再発生存期間の有意な延長が観察されている。海外の試験では有用性を認めない報告もあり、いまだ controversialであるが、今後標準治療になる可能性はある。治療目的により根治照射、補助療法、症状緩和のための照射がある。根治目的の放射線単独療法においては、60Gy以上の照射が原則である。最近では、放射線単独より化学療法を併用したほうが効果が上がることが明らかになってきており、全身状態良好な症例では、根治目的化学放射線療法が標準治療となっている。補助療法として、日本では過去、術前照射neoadjuvant radiotherapyが標準治療である時代が続いたが、生存率を向上させたという明確な成績は得られなかった。JCOGによる術前30Gly+術後 24Gly vs 術後50GlyのRCTでも有意な差は認められなかった。海外における手術単独と術後照射(45~55Gly)adjuvant radiotherapyのRCTでも、生存率向上は認められなかったが、局所再発の減少は観察された。以上より、現在では術前照射、術後照射とも標準療法とはなっていない。