日本でよくできていた子供ほど要注意


私達は自分自身に対するイメージというのを自分達の周りからのフィードバックを参考にしながら築き上げていき、それによって自信をつけていきます。ですから、環境と個人の関係は切りたくても切り離せないものです。日本で学校に通っていた子供はすでに学校生活というものはどのようなものかというイメージ、生徒としての自分のイメージがある程度できあがっています。つまり、学校の宿題をこれぐらいやり、テストの点数もこれぐらいをとると満足感を得るという行動・感情の流れがパターン化されているというわけです。そして、アメリカの学校環境に移った場合、日本でできあがったパターンが効果的に機能せず、心理的ストレスから学習問題を起こすことがあるので気をつけなければなりません。親がそれを意識していないと、対応の仕方によっては、子供のストレスがますます大きくなってしまいます。

日本で宿題をいつも完璧にこなし、テストも常に90%以上の成績を収めていたような子供は、満足するレベルが非常に高いので、言葉が理解できない状態の学校環境に入ると日本と同じように学習課題をスムーズにこなせなくなり、ストレスを感じるようになります。しかし、言葉さえできるようになれば問題ないはずだと信じているので、授業がどんどん進んでいく中、宿題に必要以上に時間をかけて、それが自分の満足のいく状態になるまでねばろうとしてしまいます。そして、どんどん提出期限の過ぎた宿題がたまっていき、気が付いたら、もう自分では動かせない山になっている上、授業内容も遥か彼方に進んで追いつけなくなってしまい、先生からは頻繁に注意されるで、恥ずかしいやら悔しいやらで学校を欠席し始める・・・という場合が実際起こり得るのです。

このような状況に対し、親が子供の自尊心を傷つけまいと、子供が満足して宿題を提出できるように、宿題を完璧にすることを優先させてしまうと、問題解決どころか悪化してしまうおそれがあります。そうすることで子供に《やはりどんな状況であっても宿題は完璧にしないといけないものなのだ》というメッセージを与えてしまい、親が手伝えなくなるレベルになると結局同じことの繰り返しになってしまうからです。ですから、現地校に来て、子供が日本で既に自分自身に課した満足レベルを親がこのような形でサポートするのではなく、新しい環境で必要な新しい満足レベルを設定する助けをしてやる必要が出てくるのです。子供にとっても親にとっても学習における期待のレベルを下げるのは難しいことかもしれませんが、環境の変化と条件の違いを受け入れ、日本にいた頃と同じように期待することが非現実的であるということを認められるようになることが大切です。そして、子供が日本と同じように学校社会で機能できるようになったところで満足レベルを上げればよいのです。

具体的にどうしたら子供の満足レベルを下げられるかということですが、日本の学校での学習成果と比べるとどうしても足りないところに目が行ってしまうのですが、子供が現実的に自分の置かれている状態を見られるように、‘出来なくて当然’という視点から、出来た分をポジティブに評価してあげましょう。“言葉の不自由な状態だけど、今回は頑張って自分で半分も宿題をやった”“次は半分よりもう少しできるように頑張ろう”と現実的でやり遂げることが可能なステップ目標が立てやすくなります。ステップ目標を規則的に子供と話し合って立てるようにすると、子供の伸び具合も把握しやすいですし、子供にもどこまで頑張るべきなのかわかりやすくなります。どうしてもそれができず自分の満足レベルにこだわってしまう子供には、子供のやり遂げようとしていることを受け入れながらも、宿題を途中で提出してBをとるのと宿題が結局提出できないでFをとるのではどちらがよいのかというように、究極の選択をしなければならない状況であることを気付かせましょう。そして、子供の努力を誉め、認めながらも、子供のとっている方法がどんな結果をもたらす可能性があり、他の方法に比べていかに効果的ではないのかを考えさせたり、学校というのは自分が学ぶ場所であり、出来上がった完璧な自分を見せる場所ではないことを強調し、辛抱強く時間をかけて諭していく必要があります。人間の完璧さというのは所詮相対的なものなので、日本で多少いい加減だった子供の方が反対に異文化環境に置かれた場合に必要となる‘不完全な状態を受け入れられる’というスキルが身についているのかもしれません。

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