…いやぁ、別にたいした秘密でも何でもないんですけど、 私生活の perspectives が詰まった場所ってことですね。

十二月十九日(日)
昨日は久しぶりに去年のインターン時代のスーパーバイザーだったキャロルから電話がかかってきました。キャロルは大の猫好きなので、去年、キャロルの誕生日に私が愛用している猫がテーマの日めくりカレンダーをあげたんだけれど、今年もカレンダーを買う時期になってキャロルのことを思い出して、一昨日、年末のあいさつと一緒にカレンダーを送ったのです。(キャロルはユダヤ教だからクリスマスのお祝いはしない。)キャロルは去年を最後に退職したんだけれど、新しい趣味としてバードウォッチングをしてるとか、退職したのに学区から二人の子供のケースを手伝ってくれって頼まれたからまだちょっとやってるとか、先週一週間は裁判の陪審員をやってきたとか、まぁ、相変わらずおしゃべりで一時間以上ほとんど一方的にしゃべっていたけれど(^_^;)、元気そうで何よりでした。
木曜日に初回を除いて欠かさず見ていた『The Apprentice』って番組のフィナーレだったんだけれど、最後の二人まで残った女性の方の言ってること・やってることには毎回疑問を感じてて、どうして最後まで残ったのかよくわかりませんでした。簡単に番組の内容を説明すると、ドナルド・トランプって人が社長のTrump Organizationという大きな会社の管理職を求めた人達が二つのグループに分かれて、それぞれ与えられた1〜3日ぐらいでこなさなければならないプロジェクトを実現するんだけれども、負けたグループから毎回一人ずつ追い出され、最終的に生き残った人が職を与えられるっていう就職ゲームなのね。最後の二人まで残った女性はプリンストン大学とハーバード法学院を卒業した弁護士だか法律コンサルタントで、まぁいわゆる超エリートで、口が誰よりも達者なんだけれど、いろんなプロジェクトの取り組み方を見てもクリエイティビティがなく、大してプロジェクトを立ち上げるプロセスに貢献してないのに、口が達者なもんだから、プレゼンテーションの段階になると、いかにも自分が全部やりましたと言わんばかりの説明の仕方をするので、クリエイティブなプロセスで頑張ってきた他の人達より評価されちゃうのよ。で、誰を解雇するか(=ゲーム脱落者)を決めるボードルームのミーティングでも達者な口を武器に大きな声で他の人を言い負かして勝ち残ってきたんだけれど、よく考えてみると言ってる内容も『?』ってことがある。ドナルド・トランプは学歴にこだわる人のようで、誰が何と言おうとエリート大学出身者が好きで(+金髪でスタイル抜群の美人ときているし)、彼女の言うことはあまりつっこまなかったんだよねぇ。ファイナル4のエピソードのボードルームでもう一人の女性と言い合いになったんだけれど、もう一方の女性は対照的に大卒でもなく、21歳から自分のブライダル関連会社を起こして成功してきた企業家で、学歴エリートの彼女に対して「私に比べてリスクテイカーじゃない。」という批判が出てきたのね。おそらくこの批判は一度だけじゃなかったと思うんだけれど、エリートの彼女の反論は「何言ってるのあなた。全国・世界からエリートが集まってくるプリンストンやハーバードで他のエリート達と競うことのどこがリスクじゃないと言えるの?私はそれだけじゃなくてカリフォルニアにもはるばる引っ越してリスクを冒したわよ。」だったんだけれど…。学生を長くやってる私からすると、大学に行くことなんて自分のビジネスを始めることに比べたらこれっぽっちのリスクじゃないね。特に、エリート校に入学するというのは、《これだけ私はアカデミックにできるんだ》という自分の功績を形に残す意味の方が強いと思うのね。大学の成績にしたって、自分がどれだけやったかの問題で、他の学生との競争ってわけじゃないし、大学で失敗したって誰に迷惑をかけるわけじゃない。ビジネスは、生活の問題が大きくて、たとえば自分の会社が破産したら、そこで雇われてる人、お得意先、皆影響するから、自分だけの問題じゃない。だから、そういう意味でリスクと責任がとても大きいから、私はこの企業家の批判の方が筋が通ってると思いました。カリフォルニアに移ったなんてのも、同じ国内で言葉が通じる上、アイビーリーグの学校の肩書き持ってたらリスクってほどのリスクじゃないでしょ。彼女が主席でエリート校を卒業したというのは素晴らしいことだけれど、それとリスクとは全く別だと思うし、ビジネスとアカデミックは全く別世界だと思うなぁ。(モーガン教授がサイコロジストの現場・現状に疎くて話を聞いてると苛々してしまうのと同じメカニズム!)大学で英語、それから、法学に進んだ人なので、おそらく言語的記憶力に優れている人なんじゃないかと思うんだけれど、実際、プロジェクトやってる間も、他の人達から「簡単なコンセプトさえも理解できない。」って言われてたぐらい視覚的想像力に欠ける人で、誰かの下では働けるけれど、企業家としては向いてないような気がしました。最終回、就職面接をした人達、番組関係者、会場の観客など、ほとんど全員が口を揃えて、ドナルド・トランプはもう一方の男性を選ぶべきだと言っていて、結局、男性の方が選ばれたんだけれど、まぁ、そりゃ、そうでしょうね。彼女は企画がついてまわる管理職より今まで通りの弁護士の方が向いてるよ、きっと。私はその21歳から企業家をやっている女性を応援してたんだけれど、高級・一流好みのドナルド・トランプにはエリートの彼女より評価されなかったようで残念。でも、きっと給料高くても会社で雇われの身になるより、今まで通り自分の思うようにプロジェクトを立ち上げられる方が面白いんじゃないでしょうか。ドナルド・トランプはなんか成り金って感じで、私はあまり興味をそそられないんだけれど、大会社の社長ってみんなあんな感じなのかしら。今回のゲーム展開でなんか彼が学歴にこだわってエリート大学出身ってだけが取り柄の彼女を最後まで残したのにはがっかりしました。候補者の実力やパフォーマンスじゃなくて、どうせ自分の好みに頼るなら、プロジェクトなんかわざわざさせなくたってよいのに。来シーズンはブックスマート(大卒以上)対ストリートスマート(大卒未満でビジネスで成功している人達)で、クリエイティビティをもっと重視したものになるらしい。トランプ、今度はもっとパフォーマンスを見てくれよ。
とちょっと
学校が冬休みに入り、私も2週間学校の仕事から解放されました。ふ〜、やっぱり必要だわ、冬休み。ストレスレベルを少しでも下げておかないと…。で、昨夜は相棒に連れられてイタリアンレストランに行ったんだけれど、食べ終わった途端にテーブルでノックアウト。どうやら、しばらくなかった低血糖を起こしてしまったらしい。《わぁ、来たぞ…》と気持ち悪くなってきたのがわかったので「うわっ、ごめん。」と相棒に言った後、頭をテーブルにつけて動けなくなってしまった。身体を支える力もほとんどなくて、できれば床に寝たかったんだけれど、レストランだからなんとか我慢して椅子に座っていたら、今度は吐き気がものすごくなり、でもこれもレストランだから我慢しなければ…なんて思ってたら段々耳が遠くなってきて、《あぁ、私はこのまま死んでしまうのだろうか…》なんて本当に思ってしまいました。相棒はびっくりして私の背中やら頭をさすり始めたんだけれど、《そんなことしたら本当に吐いちゃうよ〜!》と力ふりしぼって「今さわらないで。」とだけ言ってしばらくずっとテーブルに伏したまま。発汗もすごくて相棒もかなり慌ててたみたいだったけれど、ピークを過ぎて頭をあげてお水を飲んだら落ち着きました。今まで起きた低血糖ノックアウトはお腹が空いている時だけだったので、食べた後に起こった今回はいったい何だったんだろうと思って調べてみたら、低血糖症の症状が起こるにはどうやら2種類あるらしい。何も食べてなくて血糖値が低くなり過ぎるのと、糖分を摂りすぎてインスリンが分泌過剰になって血糖値が低くなってしまうのと。で、おそらく今回はレストランで、シャンペン(アルコール)とティラミスとコーヒー(カフェイン)を短時間のうちにとったのがいけなかったんじゃないかと思う。低血糖症のいろんな症状もついでに確認してみたんだけれど、どうも仕事を始めてから、ずっと低血糖症の症状あったみたい。今回みたいに倒れたりはしなかったけれど、疲労感、不安感、倦怠感、集中力低下、不眠症等、皆関係してるんだねぇ。食事抜くことも多かったしなぁ。自分で特に不安感、緊張感、倦怠感と不眠症が今までと違って変だとは感じていて、年のせいだと思ってたんだけれど、低血糖症の症状だったに違いない。後で本屋で低血糖症の本を買ってきて、食事療法でも試してみようっと。

十二月十一日(土)
十二月五日(日)
十一月二十八日(日)
十一月二十六日(金)
十一月二十五日(木)
十一月二十日(土)
十一月十九日(金)
十一月十三日(土)
十一月七日(日)
今、思い出してしまった。実は、私、ギタリストの丸山さんにかなり前にお会いしたことあったんです。なんとなく見たことあるような気はしていたんですけれど、あれは5〜6年前じゃないかしら。友人に誘われて、知り合いになったばかりの人がステイしていたホストファミリーの家(日本人&アメリカ人のカップルだったような…?)でのパーティに行ったんですよ。郊外のウィルメットだったと思うんだけれど。(知り合いが誰だったのか人間関係よく憶えてなかったりするんですが。^_^;)で、そこにまだアマチュアのジャズピアニストとギタリストの日本人の二人組が来ていたんですよ。ピアニストの方は有吉さんとは全く別の人で、ジャズピアノを始めてそんなに経ってない人だったのですが、当時の友人と付き合っていたんです。バックグラウンドが建築士って珍しいので憶えてたんですが、丸山さんのプロファイルをチェックしてたら、建築士がバックグラウンドのシオカワさんっていうピアニストと組んでいたこともあるってのが出てきたのです!そうそう、あれから、シオカワさんがライブのスケジュールがあると葉書きを送ってきてくれていたんですよ。(でも、いつも当日とか当日過ぎてからカードが届いてたから行けなかった!)パーティでは演奏も披露してくださったんですけれど、そうそう、あの時のギタリストは丸山さんだったんだわ!まぁ、いつの間にすっかりプロになっていて、びっくり!次回、バンドを見に行った時に丸山さんは憶えていないだろうけど話してみよーっと。
十一月六日(土)
最近はうちにはいろんな動物がやってきて、カメラやビデオで撮れないのが残念。普段からポーチにやってくるリスや鳥をはじめ、家の中にスズメが2度も入ってきたのでびっくりしていたと思ったら、黒猫ちゃんでしょ。リンダに首輪をつけてもらったけれど、相変わらず、外にいることの多い黒猫ちゃんの活動時間は、リンダよりも私と合うことが多くて、リンダがまだ寝ている早朝5時半ぐらいとリンダが夜帰宅する前に家の前で鳴き始めるので、私が玄関においてある餌を外の容器に入れてやってる状態。ドアマットは固くて心地悪そうなので、うちで使ってなかった白くて柔らかいトイレ用マットをドアマットの隣りに敷いてやったら、気に入ったらしく、身繕いとか昼寝とか、暇さえあればいつもそこに寝転ぶようになり、黒猫ちゃんがポーチにいる時は、黒猫ちゃんの存在に慣れさせるのと充実した暇つぶしをさせるために(?)、アウレリウスを窓際に連れていって、時々アウレリウスと窓から黒猫ちゃんをしばらく眺めたりしてるんですがね。数日前から、黒猫ちゃんに加えて、黒猫ちゃんが残したキャットフードを食べにパッサムまで来始めた。(ちなみにパッサムってのはopossumって書いて初めの『o』を発音しないらしい。)パッサムは猫とサイズが同じぐらいの顔がアリクイなみに細長くて身体は白いはりねずみって感じかな。マットに寝転がっている黒猫ちゃんと窓から覗いているアウレリウスの間に堂々とやってきてキャットフードをうるさい音を立てながらおいしそうに食べるんだけど、猫の存在なんて全く目に入ってないの。猫たちは「いったい何ものなんだ?」って顔して瞬きしないでじっと見てるだけで、威嚇したりはしなくて、3匹の動物の様子が見てるとなんか笑っちゃう。リンダには、キャットフードで黒猫ちゃんだけじゃなくてパッサムの世話までしてるって知らせておいたけれど、動物好きの彼女はむしろ「私もパッサムと2匹の猫の様子見たいわ。」とむしろ喜んでおりました。
十一月二日(火)
大統領選挙どうなるんでしょうね。イリノイ州はケリー派なんですがね。ウィスコンシン州、前回はゴアだったのに今回はブッシュかいな。(*ウィスコンシン州は後でケリーが盛り返して民主党が勝ったけど。)保守的な白人層にブッシュは人気があるらしい。…アメリカ合衆国って、ひとりの大統領に統治されるには国が大きすぎるんじゃないかって時々思う。
十一月一日(月)
黒猫ちゃん、上に住むリンダに聞いたら、飼うつもりはあるらしい。今、時々リンダの部屋に入れて慣れさせ始めたんだそう。トイレのしつけがどうだかとかチェックして、大丈夫そうだったら最終的に家猫にしたいみたいなんだけど、1回外に出ちゃった猫って、ずっと家にいさせるのは無理かもね。アウレリウスが食べない間違って買ってしまった缶入りキャットフードがあったので、全部リンダにあげました。
十月三十一日(日)
例の黒猫ちゃん、まだミャーミャー鳴きながら近所をうろうろしてるんです。昨夜、どうも上に住む動物好きのリンダがえさをあげたかしていたようなんですが、家には入れなかったようで、ちぇっとがっかりしてしまいました。今朝はうちの外玄関の階段に座って鳴いておりました。リンダが飼えばまるく収まるのに〜!(^_^;)今日はハロウィンでいろんな家族が外を歩くので、その時にでも動物好きな家族に拾われるとよいね。あと1週間ぐらいしてもまだうろうろしてたら、私は今度こそシェルターに連れていくわよ。11月は寒くなって外での生活はかわいそうだ。
十月三十日(土)
一昨日、いきなり捨て猫が家の周りに現れたんですよ。一日中鳴きっぱなしでちょっとうるさかった。シーズンに合った黒猫ちゃんなんだけど、グルーミングがきちんとできてなくて、ちょっと汚い感じで、爪は切られておらず、結構痩せているの。でも、噛み付いたりはしないし、なでたり抱いたりしても拒まない。えさをやった後に私の後についてドアから入ろうとし、私が中に入れなかったら、ずっとドア周辺で鳴いていたところを見ると、家で飼われていたことのある猫じゃないかって思う。かわいそうに。でも、あまりにもうるさくて、これじゃ、悪意のある人に石とか投げられたりするんじゃないかって心配になったので、動物レスキューシェルターを探していたら郊外に24時間営業のところがあったので、連れて行くことに決心。で、えさをあげたり、なでたり、抱いたりしながら、最後にアウレリウスのケンネル(=ポータブルのかご・おり)に入れようと試みたら、失敗しちゃった。ははは、こればかりは飼い猫でも嫌がるもんだからね。2回挑戦して失敗したら、もう黒猫ちゃんの方が学んじゃって、隣家の生け垣から出てこなくなって、鳴き声もピタリと止まってしまった。(^_^;)まぁ、鳴かなければこちらもそんなに心配しないからいいんだけど。昨日の朝は雨が降っていて、また早朝から鳴き声が聞こえていたので、ちょっとキャットフードを生け垣のそばに置いて仕事に出かけたのだけれど、帰宅したら鳴き声が聞こえなくなっていたので、誰かに拾われたかしらと思っていたんだけれど、相棒が帰宅した時には、また現れていたらしく、相棒がキャットフードを追加したらしい。隣りの隣りの家の人もえさを与え始めたようで、容器があったので、そこにキャットフードを入れてたら、その家の人に「あなたのうちの猫なの?」と聞かれ、「いや、違います。ワイフが『パウンド』に連れて行こうとしてるんだけど。」なんて言ってしまったらしい。『パウンド』って動物を殺しちゃうところじゃないのー?『シェルター』って言ってよー!まったく、警察官のボキャブラリってのは!で、その人からすごく嫌な顔されて「知り合いでこの猫に興味を持っている人がいるのよ。」ってつっけんどんに言い返されたって言ってた。当たり前だ!2階に住むリンダが動物好きなので、彼女が気付いて飼ってくれたらいいのにってずっと思っていたんだけれど、こういう時に限って長時間外出してるのよね。うちのアウレリウスはしばらくあの鳴き声が猫だってのに気付いていなかったみたいで、まったく興味を示していなかったんだけれど、黒猫ちゃんがドアまで私についてきたら、何事だとドアの反対側まで出てきて、初めて御対面。びっくりして、フーって威嚇してた。うちでは2匹目は飼えないわ、やっぱり。
仕事に振り回されていて、anxietyレベルが富士山より高くなってしまいました。仕事に振り回されて、学業に手をつけられない自分にすごく腹を立てている。いやぁ、まぁ、本当にあれこれと頼まれたり、任されたりすることが多くて、複数のことを上手くバランスとれない自分に腹が立つし、あれこれ頼んでくるスーパーバイザーにも頭に来たりして。爆発してしまった新米の先生、ランディのanxietyがこちらにも飛び火してしまった感じで、今でもオーバーワークしなくちゃいけない状況にうんざり。スーパーバイザーにはランディがいつでも電話で私に相談できるような関係をつくって欲しいと言われたんだけれど、私にはELSとは別の仕事もあるわけで、そちらをやっている最中にランディのことも心配しなくちゃいけないってのは、私自身新米だからすごく難しい。私立学校の方の仕事の方が、私の代わりの人がいない分、自分ひとりの責任が重くて、親との電話でのカンファレンスやミーティングなども定期的にあるので、時間に追われるというか。週末はやっぱり仕事のことはすっかり忘れて別のことしないと、頭が休まらなくて、月曜日には仕事をするエネルギーややる気さえ大して残っていない始末。今週は、そんなんで、ミーティングはスキップする、仕事には遅れる、大学院のセミナーもスキップしてしまって、…卒業がますます難しくなってしまった。今朝はカウンセリングに行った夢まで見てしまった。現実でもカウンセリングに行ければもっと頭の中の整理がつくんだろうけど、時間的にも経済的にも余裕がない。ちょっと救われると思うのは、子供達の心理検査をしていると、問題解決の術を身につけていない子供達もいろいろ不安感に苛まれながら頑張ってるんだよなって、反対に励みになることかな。時々、大人のわがままの方が馬鹿らしく思えたりするんです。ほんとに、私って救いようのないわがまま。(;_;)
日本では、またもやイラクでの人質事件が勃発して大変なことになっているようですね。無事に救出されるとよいのですが、…100ドルしか持ってないバックパッカー?!戦争を体で感じないと平和は語れない???まぁ、何事も体験するにまさるものはないとは思うんですけど、彼の場合、なんか、目的と手段が全く効果的につながっていないような。戦地の人々は、住民であれ、兵士であれ、日本からだったら自衛隊で派遣された人達であれ、皆、生死のはざまで、命をはって生活してるところ、まるで野次馬根性で自分は旅行者だから危なくないなんて思ってるなんて、あまりにも自惚れが強いというか考え方が自己中心的過ぎません?以前人質にされた人達は、彼らなりの目的があって、現地で何が起こっているのかを世に伝えようとするジャーナリストだったり、現地で福祉活動をしていたボランティアだったり、自分達の現地での活動がはっきり横にもつながっていたけれど、バックパッカーの若者は横のつながりがなく、事前につくろうともせず、生活状況が大変な国に足を運んでおいて「○ドルしかないからまけてくれ。」(というか、「これしかないけど乗せてくれ。」か?)だの、自分の欲求を満たすことに走っちゃってるように見えます。平和を語りたいんだったら、まず平和を語っている人に耳を傾けることから始めなくちゃ。まっ、人間誰でも自己中な時期ってのはあるわけで若者らしいって言えば、そうなんだけど。せっかく行動力のある人のようなのに、あまりにも焦点が自分自身のその場の興味だけに傾きすぎていてもったいない。きっとこのバックパッカーも30代ぐらいになったら、自分が戦地に向く際にどうやったら周りに貢献できるかとかもっと余裕を持って考えられる人になるんじゃないかなって思うんだけれど、下積み時代ってのを通り越していきなり平和を語ろうなんて大きな結論にいたってしまう忍耐力のなさってのが、生死にかかわるような大変な…思い付きだけじゃなんともならない分野に興味を持ってしまったってのと最悪のタイミングで最悪の組み合わせで起こってしまった…ということでしょうか。とにもかくにも今は一刻も早く無事に帰ってこられることを祈るばかりです。…と書いたところでヤフーのニュースをチェックしたら、どうもアジア人らしき遺体が見つかったとのこと。…OMG…。
十月二十四日(日)
十月二十三日(土)
十月十日(日)
先日、芸能人の記者会見やインタビューのビデオクリップを見たって言ったんだけれど、あれはインフォーシークではなくヤフーでした。(Yahoo!芸能会見ってセクション。)で、上戸彩の話し方を見てなんだこりゃとびっくりして、これはもしかして、他の若い子達も皆そうなのかとまだ見ていないクリップを全部ではないけれどいくつかざっと見てみたんですが…。ショックです。顔やスタイルは結構きれいなのにあんなへんてこりんな話し方してる女の子ばかりじゃないですか!何が起こったのでしょうか???なんかねぇ、口にしまりがないというか、口の筋肉を全部使ってないような話し方。なんか見てはいけないものを見てしまったような気分になって、いくつかインタビューの途中でビデオを見るのを止めてしまったよ。(小倉優子って子特にひどすぎ。幼稚園児みたい。)テレビを見ている親は「あんたの話し方馬鹿みたいだからやめなさい。」とか何も言わないの?或いは、デビューする前、家できちんと親子など異世代間で会話してないからあんなになっちゃったのかしら。男の子は若くても皆ごく普通に話してるというのに。あと、しまりのない話し方の他に、単語だか音だかをぶちぶち切る話し方。Sugarという韓国人のアイドルグループの女の子達が日本語でインタビューに答えている様子を見た後に神田うののインタビューを見たら、なんで日本語の話し方に差がないんだ〜?(まぁ、彼女は昔から変な話し方だったけれど。最近は異国人のマダムって感じになっちゃって。)音に流れがないんだよね。4分の2拍子の音楽を8分の4拍子か16分の8拍子で聴いてるような気分。アクセントが1フレーズにつき1つというより各音につき1つって感じで、日本語習ってる外国人が話してるみたいなの。デーブ・スペクターの方がよっぽど流暢な日本語話すんじゃないでしょうか。タレントって発声や発音の特訓って受けないものなの?というか、あそこまで馬鹿っぽい話し方をしないと受けないというか、白痴美しかもてはやされないとしたら、情けない。男性がそういう女性を求めているから女性タレントがあんな風になっちゃったんだとしたら、男性は自分に自信が無さ過ぎだと思うし、女性が男性が喜ぶだろうと勝手にそう思い込んで幼児化が進んだのだとしたら、男性を馬鹿にし過ぎだと思う。見たビデオクリップの中で最も日本語が美しいと思ったのは叶恭子さんでございましたよ。内容がちと笑っちゃうようなものなのに、時々笑いのつぼを押さえながらもあれだけ知的に話せちゃうって素晴らしい。あぁいう話し方ができるようになりたいものだ。(昔、叶姉妹の写真を見た時はお姉さんの方がサイボーグみたいだって思ったけれど、最近は妹さんの方がサイボーグみたいになってきちゃったね、それもぶりっこの。)
全く話が変わって、スケートのシーズンが始まりました。今日はキャンベル国際大会ってTV用のあんまり真剣じゃないのを見たんだけれど、まだシーズンが始まったばかりでスケーター達もミスばっかり。でも、まぁ、新しいプログラムがどんなのか見られたのでよしとしよう。男子はきちんと見てなかったんだけれど、女子は、ハンガリーのジュリア(ユリア?)・セバスチャン、シニア上がりのアメリカ人のキミ・マイズナー(だったかな?)、サーシャ・コーエン、ミッシェル・クワン、荒川静香、安藤ミキの6人。選曲が毎年毎年保守的になってきているような気がするのよね。セバスチャンのカルメンなんて、特に女子では「うー、またかいな。」って感じだし、サーシャはくるみ割り人形、ミッシェルはボレロだけど女子のは記憶にないからまだいいとして、荒川さんはロミオ&ジュリエット…あっ、チャイコフスキーのは久しぶりかな。ちょっと昔はミッシェルが比較的マイナーなクラシック音楽を選んで滑っていたのでとても新鮮だったし、音楽聞くだけでも楽しかったんだけれど、最近は、スケートチームにはクラシック音楽に詳しい人がいないのかいってなんか苛々しちゃう。村主さんもカルメンかなんかじゃなかったっけ、今シーズンは。私は惑星の頃の方がよかったよ。大会に話を戻すと、中でも楽しみにしていたのはミッシェルのボレロだったんですが、なんかちょっとがっかりっす。前半はただ滑ってジャンプしてるだけ、途中で逆向きのスピンとかスパイラルとか技がはいっていても音楽が単調なためかあんまり印象に残らなくて、最後のフットステップぐらいでしょうか。(でも、ステップで転んでた。)まだ、これから振り付けの肉付けをしていくんだろうけど、4分間のFPだとトービル&ディーンのボレロは越えられない気がするなぁ。今の状態じゃ振り付けがディーンだってこと自体も全然わかんないし。いっそのこと振り付けを昔のロリ・ニコールに頼んでみたら単調な曲でもドラマチックにもう少しメリハリがつけられるんじゃないかなんて思ったりもしたんだけど、私はまだプルシェンコのSPのボレロの方が好きだなぁ。まぁ、ミッシェルだけじゃなくて、どのスケーターもまだ朝起きたばかりですみたいな滑り方で、感想をあれこれ言う気にさえならないんだけど。セバスチャンの、身体の左右全然デザインが違ってて、どちらにしたらよいのか決められなかったんですみたいなあの変なジキル&ハイド系衣装はやめてもらいたい。
十月九日(土)
十月八日(金)
大統領候補のディベートをちらっとだけ見たんだけれど、内容はどうであれなんかあんなにしゃべれるの見てると感心というか羨ましいというか。ケリー候補の方が上手いと思ったんだけれど、高校時代からディベートクラブだか入ってたようで、納得。さすがだわ。で、ディベートとは全く関係なく、確か日本のインフォーシークで芸能ニュースのビデオクリップが見られるってのを発見して、いろんな芸能人の記者会見やらインタビューなどを見ていたんだけれど、今まで写真でしか見たことなかった人(またはドラマの台詞ばかりで個人的に話しているところを見たことなかった人)ばかりで実際に話をしているのを見てイメージが変わってちょっとびっくり。声のトーンとか話し方を見てますます気に入ったのは小雪さん。日本で話題の韓国人の女優さん、チェ・ジウ(?)さんも素敵〜!好感が持てたのは松嶋奈々子さんと米倉涼子さん。ダイビングをやってる女優の高樹沙耶さんってのもいい感じ。伊藤美咲さんってのは、もっとおとなしい人なのかと思ったら、司会用の脚本にかかれたような喋り方をする人なのね。(^_^;)あと、藤原紀香さん、関西弁のトーンが入っていてなんかわけわかんないイメージ。なんか、足はとってもきれいだけどものいいがはっきりしないって印象だったのは飯島直子さん、日本語の単語を思い出しながらつっかえつっかえ話してる自分みたいだと思ったのは宮沢りえさん。(昔はもっと機転のきく面白い子だったのにどうしちゃったんでしょうか?)なんだこりゃって思ったのは上戸彩さん。(昔のティーンエイジャータレントって皆もっとしっかり話せたと思うんだけど、なんかこの子は小学生のような話し方をする。)叶美香さんは化粧が濃くて話に集中できなかった。でも、何よりも、もっとましな質問できないのかいって思う方が多かったかな。
十月二日(土)
義兄夫婦に続き、義弟夫婦のパッツィーも妊娠したらしい。なんか考えちゃう…というか、結婚してからずっと考えてはいたけど、いろんな考えがどーっと頭に浮かんでくる。「今頑張れば、夏休み中に出産できるから、私達も頑張らない?」なんて相棒に言ったものの、相棒は子供を持つということに対する情熱がないため浮かぬ返事。「子供欲しいと思うの?」と聞いても“I don't know.”を繰り返すばかりなので、子供は欲しくないらしい。相棒は私から見るとself-esteemが低くて、今の生活状態も決して彼の自信につながる状態ではないのね。結婚でさえも付き合い出してからこんなに時間がかかって、自分が満足出来る警察官になってからやっと決心したぐらいだから、子供が欲しいと思えるようになるにはまだまだ時間がかかるんじゃないかと思う。私は正直言って好きな仕事を始めたばかりでまだ安定してない時期だから情熱的には子供が欲しいとは思えないんだけれど、流れにまかせちゃえって面もあって、子供が出来たら出来たでそれはそれでいいんじゃないかとも思える。多分、相棒みたいなパートナーだったら、頭で考える前にとりあえず妊娠して状況を打開していかないといけないんじゃないかって思うのね。できちゃった婚の方がよかったのかもって悔やむ気持ちもあったりするわけ。確かに義兄弟夫婦と違って、生活費がかかる場所に住んでる、近くに親や兄弟が住んでいない、借金の返済で生活に余裕がないから共働きが当たり前、夫が夜勤でスケジュールがすれ違いの生活、二人とも今の仕事場が好きだから引越しする気は全くない、二人とも心理分野出身で平均的に成長しない子供の場合の教育の大変さを知りすぎている…気軽に子供を持つには難しい条件が整ってるんだけど、女性の身体は生活に自信が持てるようになるまでなんて待ってはくれないからね。
日本の母に頼んで送ってもらった『変光星』という高機能自閉症の森口奈緒美さんの本を読んだのですが、高校受験時代のエピソードで、「浦和のあたりに、私が入りたかった、フランス語を正課で教えてくれる高校があった。」ってのを見て、私の行った高校だって思わずどきどきしてしまったのですが、「しかしその学校は‘内申書’をきわめて重視していて、ほとんどが推薦入学だったので、…(省略)。私は一般枠で受験し、結果は空しく終わった。」ってところでがっくりきてしまいました。森口さんが私の出身高校に入っていたら、どんな風に人生変わってたかしらってちらっと想像してみたかったのですが。最近は自閉症を持つ方が手記やエッセイなどを出して下さるため、社会的にも随分理解が進んでいると思うのですが、もちろん本を出せるような方達は自閉症スペクトラムの中でも高機能レベルであり、それも特殊な才能に恵まれている方ばかりで、反対にそういうイメージ=自閉症となってしまうんではないかって危惧もなくはない。ステレオタイプの固定によって本を出版できるようなケースでない自閉症児の親や教育者に反対にストレスにならないといいんだけれど。私が相手にしているのは自閉症でも言葉がほとんど発せない子供達ばかりで、教育アプローチを考えるのに何か役に立つことがあるんじゃないかしらと自閉症を持つ著者の本を読んでいるのだけれど、言葉が発せる自閉症のケースとはやっぱり社会生活内の問題点が違いすぎて、私が求めているものが見つからない。求めているものが何かと言われると上手く表現できないんだけれど。とりあえず、今まで読んだ中では、思考スタイルを説明してくれたテンプル・グランディンの本が私の仕事内容において最もhelpfulかな。『変光星』は、いじめの問題、学校というシステムや教育者の質の問題の方が本の内容から考えさせられるテーマとして自閉症より大きかったと思います。
テレビのリアリティ番組や自分の今まで会った人ウォッチングからよく疑問に思うのが、verbalな人って人前で緊張することってあんまりないんじゃないかしらってこと。私はverbalなタイプじゃないから、たとえば、プレゼンテーションだとか知らない人に電話だとか、クラスの発言なんかでも緊張感を感じるというか自分で緊張してるのがわかる。去年いっしょに働いてたエイプリルってのは極端にverbalな人で、ミーティングなんかでも独りでしゃべりまくり。visualが弱い分、他人の表情だとかボディランゲージが読めなくて、だから反対に他人を気にすることが少なくて緊張することが少ないんじゃないかって気がする。それから、言葉の意味に集中できるから受け答えも早い人が多いよね。私がwittyだと感じる人は皆verbalタイプじゃないかしら。visualな人は他人にどう評価される…というか他人が自分を評価している様子ってのが視野に入ったり想像しちゃうから、他人の存在が意識に入りやすくて、だから緊張しちゃうっていうか。ただ、verbalな人って多分他人のボディランゲージの意味が読めなくてコミュニケーションに対してものすごくinsecureに見えることも多い。いちいち一言一言に反応してものを言ったり、話に割って入ったり、言わなくたって皆わかってるのにとか、なんで自分の番を待てないんだろうとか、なんでいつ話を終わらせるべきか判断できないんだろうとか、不思議に感じることが結構ある。先日テレビの『The Apprentice』という仕事ゲームで首になったジェニファーもなんだかエイプリルに似てて、第一印象は「おぉ〜、頭が切れる人。」とか「やり手っぽいなぁ。」って感じなんだけれど、結局、口が災いして、スーパーバイザーであるドナルド・トランプ軍団から「いつも悪いタイミングで口を開く。口を閉じることを学べ。」とか「なんで一時とも黙っていられないわけ?」って毎回非難され、ゲームで首になった後もテレビでの発言が元で現実にも所属会社から首にされたらしい。
昨晩は相棒に連れられて、プロボクシングを近所のアラゴンシアターに見に行きました。入り口でチケット余ってるからと譲ってくれた方がいて、ただで観戦することができたんですよ。ボクシングの試合というのはテレビでも見たことないぐらい全くの無知で、生の観戦もボクシングファンのようには興奮できなかったっす。(^_^;)パンチがどうのこうのっていうよりスタミナ比べって感じですね、あの競技は。パンチなんて、ヘルメットに電気がつくようなフェンシングなんかと違って、どのパンチがカウントされてるんだかよくわからないんだもの。最後に行われた2つのメインイベント(10ラウンド)の前に5つ前座マッチ(?)があって、4ラウンドが3つ、6ラウンドと8ラウンドがそれぞれ1つずつの試合を順々に見ていくと短い試合のボクサーと長い試合をこなせるボクサーとのスタミナの差がド素人の私の目にもはっきりわかりました。血を流してやってる試合もいくつかあったんだけれど、私は「バンドエードとかしないの?他の競技だと血液から感染する病気予防のためにきっちり止血しないといけないのに…?」なんてことの方が気になっちゃったりしてね。(^_^;)ノックアウトはなかったと思うんだけれど、3試合ぐらいだったか途中で片方のボクサーがギブアップしてたと思う。一人なんて第一ラウンドでギブアップしちゃってとっても短かった。ヘルメットしないで顔の方とかにもパンチしちゃうんだもの。最終ラウンドまで行く方がびっくりってもんだ。最後のボクサー(シカゴ出身のDavid Diazという人)なんかスタミナがあってパンチがとっても重そうな人で、ベテランになるとこんななのか〜ってただただびっくりだったんだけれど、96年のアトランタオリンピックに出た人だったらしい。(ちなみに最後から2つ目のメインイベントのスターボクサーはAl Gonzalesっていう人。)演技が入ってるようなプロレスなんかと違ってボクサー達はいたって礼儀正しい印象を受けましたね。パンチしちゃいけないところにパンチしてしまった場合、皆相手に一言謝ってたし、試合後のあいさつもお互いしてました。ボクサーはラテン系が圧倒的に多かったんだけれど、試合開始前にボクサーが登場する時の音楽がラテン系のやたらとハッピーな全く緊張感のない曲が毎回かかるので、「なんか違うよ〜!全然強そうな音楽じゃないよー!」ってちょっとずっこけてしまった。(^_^;)
相棒はもともとレスリングとかテコンドーをやっていたから1対1の格闘技が好きなんだけれど、私はこれでボクシングのファンになれるかというと…うーん。ただ、こういう世界もあるんだねぇって思いました。次回格闘技を見るなら柔道の試合とかの方が興味あるかな。
そうそう、前回、ジミーちゃんの話が途中で終わってしまったんだった。本当は何を書きたかったのかと言うと、ジミーちゃんの話を見ていたら、いろいろ考えさせられてしまったのですよ。彼は小学校時代、図画の写生の時間に何かの建物を見て象を描き始めたらしいのね。で、先生は、なかなかよく描けているからそのまま続けなさいって言ってくれて、描き終わってからも、よく描けているからとクラスの皆にジミーちゃんの絵を見せてくれたのがとても嬉しかった…なんてようなことを言っていたんだよね。現在、画家になってからも、時々子供達といっしょに絵を描くんだけれど、子供達の絵は木に時計がついていたり…って実在しない自分が思うまま、感じるままに描かせていました。で、私は普段から相棒にも指摘されたりするんだけれど、“教育”っていう型に気付いて、自分も型にはまりつつあって最近ちょっと寂しく思ったりするわけなんですよ。子供達が、ビルを見て大きな象を想像したのなら、それはそれで、個人の感覚や感情の表現で象を描いたっていいんだと思う。でも、教育のほとんどがそれを抑えちゃうのね。訓練として、できるだけ自分の感覚や感情を抑えて、見えるままの大きさの比率や色を使わせようとする。昔の時代と違って今はそんなの写真で撮れば済むことなのに。私はかなり長い間自由気ままな創作活動っていうのをしていなかったんだけれど、最近はいろいろアイディアが頭に浮かんでくるので、創作活動に取り組みたいなんて思うことが多いんだけれど、頭に浮かんだことと表現が一致していないというか直接つながっていないのがとてもよくわかるんですよ。せっかくアイディアが浮かんだのに、表現にいたる前に型にとらわれちゃうから、本当に表現したいことがアウトプットとして出てこないの。絵を描こうとしても、ピアノを弾こうとしても、文章を書こうとしても、どれもこれもやっぱりアイディアと手がいまいちつながってなくて、じれったく感じるというか。表現技術として必要な指の動きをなめらかにするような訓練だとか文章だったら語彙の習得は必要だと思うけれど、プロセスまで押し付けられちゃうと、アイディアが自分の感じるまま表現できなくなっちゃうのね。昔、相棒兄が高校卒業後、美術学校に進んだ人(お母さんも確か画家)と付き合っていたんだけれど、私が野外でスケッチして遊んでいた時に、手元を見ないでスケッチしてごらんよって言われたのをふと思い出したの。自分の描いている絵を見ないで、こっちはだいたいこれぐらいの長さかしらって感覚だけで鉛筆を動かす…そうそう、あんなのが感覚と直結してるんだよな、《こうやって描かなくちゃ》って意識から解放されてる感覚ってあんな感じだよなってあらためて思いました。で、芸術家(創作家)っていうのは多分、アイディアと表現を自分なりに上手く直結することができる人なんじゃないかしらって思った。ピカソみたいなディフォルメ(?)を多用した絵を始め、他人には理解しづらいモダンアートや不協和音をいっぱい使ったりリズムがむちゃくちゃの音楽なんてのもそういうものなのかも。創作物を評価しようとする社会があるから子供がまだ幼い時代から芸術(創作)面まで“社会的に正しい型”で教育しようなどと、ますますことが複雑になるわけで、創作物は個人の好みで済ませりゃいいんだと思うわ。で、ジミーちゃんの話に戻ると、ジミーちゃんは必ず実物を見て絵を描く、想像だけでは絵は描かないとのことで、番組内で、東京のあちこちを‘写生’してまわって、あんなに細かいスケッチからどうやって最終的にもっと大まかで大味な色使い(?)の作品ができあがるのかってのを見て、なんとなく感覚というか、実際に見たものから生まれた感情と表現のつながりってのがわかったような気がしました。
うーん、しっかしなんで今創作活動したいなんて思うんだろう…なんてことも考えるんですが、私、やっぱり生活に疲れてる。周りに課されることをこなすだけじゃなくて、周りから完全に解放された自分だけの時間と行き場が欲しい。生活にコントロールされてる感覚からしばらく解放されたい。(家にいてもこんなに散らかってちゃあ〜!)
せっかくの連休だったのに燃え尽き症状(?)がひどくて、何も手を付けられなくて、その上なんとなくホームシックというかホームカントリーシックなので、以前Tさんに送っていた日本のビデオを見終わっていなかったのを思い出していっきに見ました。日本のテレビ番組は遊びの中に学びも入っていてやっぱり面白いわ。伊東家のなんとかっていうのか、トリビアの泉とか。発見番組って感じでとても面白い!インタビュー番組も好き。スポーツ選手を集めて話を聞いたり、カリスマ専門家(“乙女のカリスマ”って呼ばれてる摩訶不思議な人物とか)をゲストに呼んで話を聞いたりね。今日本に帰ったらテレビに絶対釘付けになるぞ。アメリカだとなんとなく大人から子供まで遊び感覚で学べるっていう番組が少ない気がするの。ケーブルチャンネルになるともうそこで興味のない人はチャンネル合わせないでしょ。その上、番組のプレゼンター自体が既に専門家だったりして、プレゼンターやゲストが視聴者と一緒に学ぶってスタイルも少ない。日本のテレビを見ていると、日本人の方が年齢に関係なくいろんなことを知るのは楽しいって姿勢が自然にできてるように感じるし、芸能人なんか自分が知らないということを恥ずかしがらずにそのまま皆の前に立つ勇気があるというか、クイズに出てくる分野に素人の芸能人をリーダー(?)として受け入れる社会的な懐の多きさみたいのがあるのかも。ある意味、生涯学習の基本だよね。フォーマルな教育場(高校や大学など)の受け入れ体制というか専門家養成はアメリカの方がしっかりしてると思うけれど、別に学校じゃなくてもいろんなこと学べるんだよって学習活動形態の柔軟性は日本の方が進んでるかも。ビデオに入っていた番組の中でひとつだけ気に食わない番組があったんだけれど、『タモリ倶楽部』って名前だったかな。タモリとヒロミ(松本伊代の夫)のトークショーですか?話がただの自分達の雑談になってるだけで、自分達以外をけなしてるだけなの。素人以下だね。あんな番組、自分達以外でどんな人が見て喜ぶんだろう。視聴者にテレビ番組として提供する側が自分のストレスの発散場所に番組を使ってどうする!
NHKの人間ドキュメントという番組で昔コメディアンだったジミー大西が画家として1つの絵を仕上げるところを追いかけたのがあったんだけれど、ジミーちゃん、完全にコメディアンやめちゃったんだね。彼の絵、結構、好きだわ。ジミーちゃんは、29歳の時になんかの番組で絵を描いて評価されたのがきっかけで画家に転身することになったんだそうですね。
昨日は相棒の昔の同僚にサンクスギビングディナーに招待されたのでお邪魔してきました。相棒は仕事あったんだけれど、帰宅してからオイスターキャセロールを作って持っていくっていうので、仕事中にパトカーでスーパーによって、オイスターやクラッカー、バターなんかを買いに行ったらしい。(おいおい。^_^;)で、帰宅してから休む時間があまりなかったんだけど、私も手伝ってなんとか完成。料理ができる夫を持つのはこういう時楽できてよい。ワインとキャセロールを持って行ってきたんだけれど、…すっごい豪邸!混雑したシカゴ市内でこんな生活してる人もいるんだなぁ…なんて思ってしまいました。家族のほとんどが芸術家で、家も家族の誰かが40年以上前に建てて、7〜8年前にちょっと改築したらしい。地下室+3階で、以前はベッドルームが5つ、今は改築で3つに減ったらしいけれど、代わりにエレベータが入っちゃってるの!どのフロアも天井が高くて、空間があってひろびろしてるし、どの部屋も自分達の書いた絵やどこからか輸入したような装飾品や日用品(小物入れとか砂糖つぼとか)でいぱい。私達の他にディナーに招待されてた人達の中には英語があまり話せないロシア人芸術家一家がいて私達はほとんど話ができなかったんだけれど、相棒の同僚のお父さんがロシア語ペラペラなんざますよ。そうそう、安藤広重の絵なんかも飾ってあったんだけれど、複製じゃなくて実際のプリントなんだそうだ。だからちょっと黄ばんでた。ロシア語ペラペラのお父さんに絵にまつわる話を知っているか聞かれたけれど、私は芸術に関してはそこまで専門じゃないですよ。(^_^;)お母さんの方は、抽象画家で、大学で教えたりもしているみたいなんだけれど、今は本を執筆中らしい。子供達は美術じゃなくて音楽の方で、音楽家を目指しているみたい。ひとりはバイオリンだったかチェロで12月にコンチェルトのリサイタルがあるなんて言っていた。芸術家の家族って初めてだったんだけれど、芸術家ってこういう環境で育っていくのかぁ…なんてしみじみ思ってしまった。初め家に入った時には、警察官でもこんなに裕福になれるのか、希望が持てるか〜なんて思ったけれど、いや、そうじゃなくて、相棒の同僚は経済的な心配がない家庭に育ったってだけのことらしい。(^_^;)彼はダウンタウンのプレイボーイ社のビル内のコンドミニアムだかに住んでるらしいよ。そうそう、あのおばちゃまは誰にあたるんだか、in-lawって言っていたから、多分、お父さんの姉妹かなんかにあたる人だと思うんだけれど、息子さんが高機能自閉症で小さい頃苦労したなんて言っていました。幸い才能に恵まれて大学も出て、今は40代になって、独立しているらしいけれど。ただ、その下の娘さんが、親からのattentionを十分もらえないという感情的な影響を受けてしまい、家を出たがり、18歳でイギリスだかにドイツだかに交換留学した後、すぐまたヨーロッパに戻ってしまい、あれからずっとイギリスで暮らしているらしい。今はとてもハッピーに暮らしているので嬉しいと言っていたけれど、なんだか切ないですね。娘さんもやっぱり芸術関係らしくて、有名な映画監督スタンリー・キューブリック氏と親しくしてもらっていたらしく、今でも家族と付き合いがあるらしいなんて言っていました。同僚の息子さんも確か自閉症かその系統があるって相棒がちらっと言っていたんだけれど、実際見ていてそんな感じがしました。非常に軽度だけれど、身体の微妙な動き方のコントロール、会話の仕方や内容とかね。よくしゃべる子のようだったから、幼児期もあまり手がかからなかったんじゃないかしら。別に詳しい話は聞かれなかったけれど、「あなたの仕事は自閉症なんかも関係してるの?」って皆私の仕事に興味持ってました。
しっかし、本当に人間っていろんな生き方があって、いろんな家族があるよなぁ。相棒はなんかおとぎばなしの本の中にでも入ってきたような気分だなんて言っていたけれど、いろんな人達に出会って話を聞いたりいろいろ見たりする機会があって、自分はなんてラッキーなんだろうって思うんです、はい。黒柳徹子の『徹子の部屋』みたいにいろんな人にあっていろんな生き方の話を聞いてみたいってずっと思っていたんだけれど、相棒の力を借りて自分達なりのスタイルで『準・徹子の部屋』活動ができてると思うと人に会うのが楽しくなりますね。
昨日は今シーズン初の雪、それも吹雪でした。仕事帰りは車の視界がとても悪くてちょっと運転が怖かったんだけれど、渋滞もひどくてスピードを出す必要がなかったので救われたって感じ。今特に生徒の成績表提出の時期で、各生徒のデータ分析をしなくちゃならなかったこともあって、普段以上に大忙し。一昨日はあごがスムーズに動かなくなってしまった。ストレスが原因だと思うんだけど。インターネットしながらチップス食べてたら、口が1センチ以上開かなくなっちゃって、毎度自分の手を使って口を開けると右あごの付け根がクリックするの。相棒に言ったら、リラックスしなくちゃ駄目だって、お風呂&ポータブルDVDプレイヤーを用意してくれて、久々にゆっくりお風呂につかりながらジーン・ハックマン主演のバスケットボールの映画見ました。(タイトル忘れたけれど、とてもよい映画だった。)お陰で、寝不足にはなったけれど、昨日、今日は全然あごには問題ありません。
以前テューターをしていた男の子のお母さんが中学生になったお姉ちゃんの学校で初めての成績表カンファレンスがあるので一緒に来てもらえないかということで、久しぶりにインターンをしていた中学校に行ってきました。校長先生はもちろん、お姉ちゃんのクラスの先生方も何人か私のこと憶えていてくれたので挨拶したりしてたんだけれど、普通教育環境にほんのちょっとの間戻って懐かしく感じたというか、ほっとしたというか、今私が置かれている特殊教育環境に欠けてるものに気づきました。ちょうど今はサンクスギビングのシーズンだったこともあるんだけれど、普通学級の場合、缶詰の食料を集めてコミュニティに寄付したり、感謝の言葉を廊下に貼ったり、特にこの時期になると、義務教育だけじゃなくて、大学なんかでもそういう活動ってあるのね。大学の女性学研究機関でアルバイトをしていた頃、研究機関から奨学金をもらっていた大学生の女の子達も自分達で集めたサンクスギビングの食料やクリスマスプレゼントをコミュニティに配達に行ったりしてたし、図書館でも缶詰集めやったしね。初めは大学はカトリックだからそういうことに熱心なのかと思ったりしたけれど、公立学校でも皆やってて、私は大学でそういうのを見てきたから公立学校で実習や研修をするようになっても何の疑問も感じなかったんですよ。それが普通だと思ってたというか。で、今回、久しぶりに中学校に戻って、学校内の様子を見ていたら、感動に近いぐらいとても懐かしくて、特殊教育環境にそういったgiveの精神を伸ばすという面が欠けてることに今になって気付いたのですよ。ギブ&テイクのテイクばかりなのね。まず、ギブできるレベルまで伸びるかどうかもわからない子供達が対象のプログラムで、教育熱心な親もプログラムのシステムからテイクできる限りのことはするぞと介入して自分の子供用のカリキュラムをかえさせようとしてくるでしょ。先生もそれでパニックして周りのスタッフを責めたりしてね。常に、これでもか、これでもか、まだ足りない、まだ足りない…っていう環境なの。まぁ、もともと社会性を伸ばすのがとても難しい子供達だから仕方ないんだけれど、子供も親も先生も他のスタッフも皆周りの人達を自分の目的達成のための道具にしか思ってないのか、なんとなく他人の存在価値を評価してないっていうか、皆が皆自分が中心になって周りをコントロールしようとするのに懸命になっちゃってるっていうか。チーム全体として自分がどういう役割を担っていて、それがプログラム運営の上でどういった部分で、他とどう関わっているのか、一歩下がって見てみたら、他の人がやっていることをもっと評価できるようになるのに…なんて感じたりするのです。ポジティブな評価が少なくて、足りないことを指摘するばかりだから、私もすっかりrace horseのように走り続けてしまって、昨日、普段文句の多い言語療法士に「あなたはとてもよいデータ屋さんだわ。あなたのお陰で仕事がかなり楽になったのよ。ありがとうね。」って言われて、ふと立ち止まることが出来たところなんですよ。あっ、相棒が帰ってきたので、続きはまたあとで。
《つづき》自分がやっていることに見返りは期待してはいけないなんてよく言うけど、…「ありがとう。」って言葉はごほうびとは違って、大切なフィードバックだよなって思いました。ないと困る。どこまでやったらよいのか、どこまでやったら本当に役に立っているのか自分じゃわかりづらいもの。で、特殊教育プログラムの話に戻ると、あまりにも子供の学習進度(=結果)ばかりに目が行き過ぎてるためか、「ありがとう。」が本当に少ないと感じるのね。多くの人が与えらる“もの”にしか目が行ってなくて、“誰から”何が与えられているのか、“誰がいたから”何が実現したのかってところまで考えが届いてない。自分が大きなネットワークシステムの一部に属している意識がなくなっちゃってる。本当にテイクばかり。必死さは理解できるんだけれど、「ありがとう。」なしだと皆がrace horseになって何だかよくわからないけれどずっと走り続けて疲れて人間関係がギスギスしてくるんだよね。普通教育だともっと皆余裕があるから、“もの”ではなくて“誰か”のことを考える精神というか思いやりを育てる練習プロジェクトが導入しやすい。コミュニティに住む人々のことを考えて何かを集めて寄付したり、感謝したい人に対する感謝の言葉を書かせて廊下に展示したりね。そうそう、私が小学校の頃も、コミュニティのごみ拾いだとか、給食のおばさんやお兄さんにありがとうのカードを書いたりもしたっけ。子供自身はそういった活動の意味がよくわからないかもしれないけれど、給食をただ食べてるだけじゃどうして自分達が給食を食べられるのかわからないのよ。ひどい場合は、自分が給食を食べられることが当然だと思い込んじゃって考えがそこで止まってしまったりして。カードを書かせるという機会を作ることによって、毎日給食を作ってくれるおばさんやお兄さんがいるから飢えることなく元気に学校にいられるんだって、少なくとも周りの“人”に目を向ける訓練にはなると思うんですよ。毎日食べ物を口にするから元気でいられるっていう意識と誰かが食べ物を用意してくれるから食べ物を口にすることができて元気でいられるってのは、全く別次元の意識であって、他人やネットワークへの意識の広がりに欠ける人は、“食べ物を口にする”ことばかり主張して、一時的に大量の食べ物を手に入れることはできたとしても、自分用に無理にメカニズム全体を変えようとするから(きっと自分が大きなメカニズムを変えようとしている意識はないだろうけれど)周りに支障が起きて維持することができなくなっちゃうのね。だからギスギスしちゃうの。…はぁ、なんか、書いてて段々何が言いたいのかわからなくなってきてしまった。(^_^;)今の仕事場の環境というか人間関係が、自分の主張ばかりする人が多くて寂しいってことなのかな。もっとリラックスすればいいのにって思うんだけれど、思いやりの意識が薄くて、お互いに周りを追い込んじゃってるのに皆気付いていないのが何だか寂しい。
日本で生活している相棒の友人スティーブから久々に電話がかかってきました。彼、日本に渡ってもう5年半になって、私とは日本語だけでも電話で会話ができるほどになりました。英語専攻で修士号を持っているので、日本では就職に困らないみたいで、今は関西学院大学で英語を教えているらしい。(相棒がスティーブの教えている大学HPに載っている英語のクラスの概要を見て、「うわぁ、難しそうだけどとっても退屈そうな仕事だ〜!」ってコメントしてた。^_^;)もうひとり、私の知り合いのアメリカ人で日本に住み着いてる人がいるんだけれど、暮らしやすいんでしょうね、きっと。話す機会があると、彼らの方が私よりよっぽど日本人ぽくて、私の方が彼らよりよっぽどアメリカ人ぽいんじゃないかって、いつもお互い笑ってるの。そうそう、で、電話中に質問されたんだけれど、『外人』って言い方は差別用語なのかって。私は、人によっては『外人さん』って言っている人もいるので、ほとんどの場合ただ単に『外国人』を省略した言い方で差別的な意味ではないと解釈してたんだけど、最近は差別用語になってるんですか???アメリカ人をアメ人とかイタリア料理をイタ飯って言ってるのと同じなんじゃないの?!たとえば、英語の黒人をさす‘Nワード’だとか日本人だったら‘J*P’とかとは言っている側の意図が全く異なると思うんですけれどね。省略されて残っている漢字だけ見てbarbarianみたいにネガティブに取っちゃう人もいるのかもしれないし、実際、悪意のある意味で使っている人も最近は大勢いるのかしら。どなたか最近の『外人』の使われ方をご教授くださいませ。
最近は日が短くなって、早起きするのも仕事から帰宅するのもいつもの倍ぐらいエネルギーを使っているような気になります。朝起きるのは「あぁ、まだ暗いから。」って寝続けたくなっちゃうし、仕事の帰りが暗くなると買い物とか寄っていく気がなくなっちゃう。相棒の勤務シフトが変わったため、朝シャワーの取り合いにならないようにそれだけは気をつけてるんだけど。うちのシャワー、二人立て続けに入ると、お湯が足りなくなっちゃうのよ。二人目の途中で水になる。だから、ちょっと時間を置かないと駄目なの。(^_^;)
相棒と家にいる時間が長くなったのだけれど、私はかなりあまのじゃくで、相棒が家にいないと何もする気にならないのに、相棒がいると仕事だとか家事だとか色々したくなってしまうので、相棒のシフトが変わってから仕事は段々遅れていた分を取り戻しつつあるんだけれど、何かを一緒にすることが多くなったってわけでもなかったりします。あまのじゃく性格について、「私はいろいろやることがあるのよ。」という競争心があるんだか、「ほら、私はいろいろできるのよ。」という自分が何かをしているところを誰かに認めてもらいたいのか、もしくは、単に誰かに監視してもらわないとやる気にならないため、相棒の存在を尻叩きの役目と考えて溜めてた仕事を終わらそうと利用しているのか、どっちなんだろうってよく考えるんだけど、真相は自分でもよくわかりません。昔は褒めてもらわないと伸びないタイプだと自分で思ってたけれど、最近はいろいろ手を出しすぎるためか、尻を叩かれないと仕事を終えられないタイプって気もするのよね。仕事でも、ELSプログラムの先生がパニクってからの方がアクティブに活動してるように感じるし、心理検査の方も締め切りに間に合うか間に合わないかってところまで来ないとレポートが書き終わらない。昔に比べて今は本当に自分自身に対するdisciplineが足りないっす。(-_-;)留学を目指してた高校時代なんて、自主的にTOEFLの出る単をマスターしたり、まぁ、今から考えると、自分で決めたことはきちんと終わらせられたもんだったけど、今は周りから文句言われないと駄目なような気がするんですよ。はぁ。
今週は飛んでもなく忙しくなってしまったところへ相棒家騒動で身体に無理が来てしまった気がします。木曜日は祭日だったのですが、相棒の両親が来ることになっていたので、結局、昼間は一日中大掃除になり、夕方に両親がやってきて、心理検査のレポートを書かなければならないのでディナーに行くのをパスしたいと相棒に言ったらひどく文句を言われたので仕方なく参加。結局、レポートはディナーから帰ってきて夜11時ぐらいになってから始めたため、一睡も出来ずに翌日金曜日朝8時からのミーティングに行かなければならなくなり、ミーティング後一度帰宅して、相棒と両親に誘われたブランチを断って2時間程寝て、それからまた別の学校に行かなければならなかったという最悪のスケジュール。おまけに両親が風邪を引いて家でゴホゴホと咳をするもんだから、体力低下のところ簡単に風邪をうつされてしまいました。(-_-#)今朝ももっとゆっくり眠りたかったんだけど、朝食に行くぞと起こされるし、相棒父がテレビを見出すと音量をいつもあげるので、睡眠時間のコントロールが自分で出来ない状態でげっそりっす。私は耳が敏感なためか、テレビとかラジオとかの音量が相棒のとマッチしなくて、相棒とテレビを見ているといつもうるさいと感じるんだけれど、相棒の音の大きさ(=耳の悪さ?)は父親譲りだってわかったわ。(^_^;)今夜は相棒の両親の他、義弟夫婦もうちに泊まることになっていて、今は皆義弟の友人の結婚式に行っています。相棒は今日から昼間のシフトが始まり、今はジムに行って留守。昼間のシフトは、ランチを食べる場所の選択が今までと全然違ってよりどりみどりだし、ミーティングの話の内容なんかも長年勤務者が多いためか今までよりずっと対応がよいと喜んでいました。
昨夜もYさんと前日のブルースバーに行ってきました。もうこれ以上は無理ね、お金かかりすぎ。私だけだったら、入場料(カバーチャージ)とビール1本しか飲まないからいいんだけど、相棒は図に乗って飲み過ぎ!
前日よりやや遅めにバーに入ったので、ステージの真ん前のテーブルだったんだけど、昨日のバンドはとても楽しかった。Billy Branchってハーモニカ吹く人なんだけれど、カリスマがあって、ハーモニカもいろんな吹き方ができるもんなんだわぁって感動もの。Blues Travelerのハーモニカなんて比較にならない。ハーモニカが入るとこんなに楽しくなるんだねぇってしみじみ思いました。で、何よりも驚いたのがバンドのメンバーの二人(ギタリストとピアニスト)が日本人だったのですよ。スケジュールにはBilly Branchの名前しか載ってなかったから、他のメンバーのことなんて全く予想もつかなかった。で、演奏が始まる前にYさんと「日本人なのかなぁ?」なんて言っていて、演奏中もドラマーのおじちゃんがメンバー紹介をしていても、スピーカーがうるさすぎて名前を聞き取れず、休憩に入ってギタリストがテーブルの近くに来た時に思わず日本人なのかどうか聞いてしまったら、そうだとのこと。Yさんに知らせたら、これまた喜んでお話を聞いておりました。シカゴで活躍する日本人のギタリストと話ができて、すごく刺激になったんじゃないかしら。ピアニストの人はすぐにステージから降りてこなかったんだけれど、Yさんが「もしかして、この人なのかなぁ?」って持ってきた『地球の歩き方』って本に紹介されてるシカゴのピアニストを見せてくれて、ギタリストの人にも聞いたらそうだとのこと。わおっ。(@0@)ちなみにお名前は有吉須美人(すみと)さんと言うそうなんですが、ただものじゃないです、この方。見た目は“オフコース”の小田さんを思い出すようなとても静かでシャイな感じの方なんですが、ピアノを弾き始めると“芸術は爆発だ!”を言葉通りピアノで表現される人。語彙が乏しくてうまく表現できないんだけれど、ただ「素晴らしい〜!」の一言。ギタリストの方は調べてみたらどうやら丸山実さんと言うお名前の方のようで、丸山さんはとても気さくな方で新潟出身とのことで地震の話までしてしまいました。歌うようにギターを弾くタイプの方で、スローに弾くときが素敵。Yさんと丸山さんが話していたら、最後の方で飛び入りでギターを弾くチャンスがあるからやってみないかって丸山さんが言っていて、本当にYさん、一曲バンドに参加しました。イェーイ!演奏中の写真撮ってと頼まれたんだけれど、フィルムが1枚しか残ってなくて、1枚しか撮れませんでした。後で、食べに行った時、前回飛び入りのセッションに参加した時は、皆アマチュアで和気あいあいとって雰囲気だったんだけれど、今回はいきなり有名なプロの人達のバンドでだったからものすごーく緊張したって言ってました。音もスピーカーがうるさすぎて自分の音がよく聞こえなくて、コードが間違ってるのが丸山さんに言われるまでわからなかったんだけれど、やっと慣れて心地よく弾けるようになったと思ったところで曲が終わってしまったなんて笑ってました。よかったよ〜、Yさん。いやぁ、楽しかったわぁ。演奏が終わって帰る前にはもう一度丸山さんに軽く挨拶して、また聞きに来ますって握手してもらって、有吉さんにも素晴らしかったと一言声をかけてきたんですが、インターネットで調べたら、うわっ、ブルース界ではそんなに有名な人だったのね…!私、あんなに気軽に声をかけてしまって、…無知ってすごいなぁ。(^_^;)私達の行ったブルースバーは場所的に観光スポットではない車を持っていないと行きづらいローカル色の強いバーなので、混んでいなくて、ミュージシャンと休憩中など気軽に会話ができたりするので、特にYさんみたいにミュージシャン目指している人にはお勧めだよ。バンドは他の観光客の多いブルースバーでも演奏している人達だから、質も落ちることなんてないしね。
バンドが終わって、3人ともまともな食事をしていなかったので、24時間営業のメキシカンのダイナーに行ったので、結局、帰宅したのが朝の4時過ぎになってしまいました。大学時代にはそんなこともしてたけど、相棒と「スペシャルゲストがいないと最近こんな夜更かしもしないもんだね。」なんて年寄り臭い会話をしておりました。…あぁ、耳鳴りがまだ続いている。耳鳴りのせいでやかんのお湯が沸いてるシグナル(ピーって笛みたいな音)に気付かなくて、アウレリウスが知らせにきた!Thank God!
昨夜は、久々にブルースバーに音楽を聞きに行ってきました。まだ耳がおかしい。相棒が先週独りでバンドを聞きに行ったらとてもよかったらしくすっかり気に入り、「僕は毎週行くぞ!」と話していたバーで、昨日も朝から「今夜はいっしょに行ってくれるよね?」なんて念を押されていたのです。仕事から帰ってきたら、「昼間、ギターを持ち歩いている日本人の旅行者と知り合いになって、ブルースバーでいいところ知ってるから聞きに行かないかと誘ってみたんだけれど、電話かかってくるかも。」とのこと。なんでも、たまたまその青年がウェイトレスだかと会話しているところで「アイアムジャパニーズ。」と言っているのが耳に入ったらしく、思わず「あなたはにーほんじんですか?」と声をかけてみたらしい。(^_^;)で、自分のワイフが日本人なんだってことと、ブルースバーの話をして、うちの電話番号を渡したらしい。電話はしようかどうしようかちょっと迷ったらしいのですが、夜8時ぐらいに電話が掛かってきて、話してみたらとても丁寧な感じの人なので、夕飯とジャズバーにいっしょに行こうと誘いました。なんでもその方、Yさんは、普段日本で和食のレストランで働きながら、ギターの演奏をしているそうで、今後の自分の音楽活動の方向性を考えるために、よい音楽を生で聞いたり、オープンマイクのジャムセッションなどに参加してみたりするのに、今回初めて、ギターをひっさげて単独でニューオーリンズとシカゴに足を踏み入れたとのこと。アメリカ初めてだって言っていたんだけれど、日本のギター仲間やインターネットで結構入念に下調べきちんとしてきてて、3日前に来たばかりのシカゴでも既にジャムセッションに参加済みらしい。Yさんは本当にギターが好きで好きでたまらない人っていうのが滲み出ていて、きっとそういうオーラが出ているんでしょうね。ニューオーリンズでもシカゴでも来る前は初めてのアメリカ一人旅でどうなることかと思っていたようだけれど、今のところとても楽しく充実した日々を送っているみたい。ちなみに、前日も、「私のワイフは日本人なんだよ。」と言うおじさんに声をかけられて、電話でそのワイフと話したんですって。ブルースバーに行く前には近所のベトナム街にベトナム料理(フォ・タイってヌードル)を食べに行ったんだけれど、「本場の味だ。おいしい、おいしい!」って感動しながら食べてたし、ブルースバーも日本のガイドブックには載っていないところでわくわくして、そんでもって昨日のギタリストが今までかなりの数を見たり聞いたりしてきた中でもピカイチに上手い、素晴らしいと大喜び。(ちなみにギタリストの名前はMelvin Taylor。サーチエンジンで入れてみたらいっぱい出てきたので、かなり有名なギタリストらしい。確かにトリックをいっぱい持っていて、私も「今までこんなギタリスト見たことないわ!」と驚いてしまいました。ジミ・ヘンドリクスのファンのYさんはもう大感激。)演奏が終わってからも自分から進んでMelvinに話しに行き、写真を撮ったりしていました。Yさんの英語はブロークンで、自分の伝えたいことを上手く表現できずに時折もどかしそうにしてたりするんだけれど、熱意というか情熱がある人って、片言の言葉でもそれが十分通じるんだよなってしみじみ思いました。外国語が話せるっていうのは、本当に人間のこれっぽっちの一部でしかないもんで、人に感動を与えるような人間性とは関係ない。何かの縁でYさんと知り合いになり、御一緒できた私の方がいっぱいポジティブなエネルギーをもらうことができて本当に有り難く思いました。私は学校に仕事に何だか最近とても息詰まっていたんだけれど、身体全体で好きなことに突進してるYさんのキラキラした表情見てたら、あぁ、私は自分の好きな分野だけどずっぽりはまり過ぎて、資格取得だとか論文だとか義務感に追われまくり、昔のように素直に好奇心を追求するって感覚が錆びてきていたかもって思いました。資格だとか学位だとかって外部から用意された道を通って“プロになる”っていうプロセスにいるよりも、《あれってどういう意味なんだろう》《これでいいのかな》って自問自答したりいろんな経験をしながら学んで自信をつけていく方がずっと楽しいし身になる。何事も環境や条件が全て整ってない方が楽しいもんなんだよね。
相棒がついに夜勤から解放されることになりました。\(^0^)/ 今月の半ば頃から朝9時から夕方5時までの勤務時間ですって。朝も早すぎることがなく羨ましい。(私はやっぱり朝8時からのミーティングは好きになれない。)ふぅ、これで少しは同居人から家族っぽい生活体制になるんじゃないかしら。週末なんか、結局相棒が昼間中寝ていて粗大ごみ化してたからなぁ。よかったよかった。
相棒と言えば、先日、警察署内で誰かのサンドイッチを包丁で2つに切ろうとしたら、ついでに電話線まで一緒に切ってしまったらしい。(^0^;)えへへ、元気がない時とか緊張してる時にこの話を思い出して笑っている私。
夜になってから気がついたのですが、明日は大統領選挙の日で学校が休み!子供が投票に行くわけではないのに多くの学校が休校になっちゃうところがすごい。でも、NSSEDじたいは休みじゃないので、午後からのミーティングには行かなくちゃならないんだけれど。いきなり午前中ゆっくり家にいられることになってうれしい。どうも仕事の後に帰宅すると残りの仕事をやる気にならないので、翌日の午前中が休みの方が仕事を片づけるのに都合がよいっす。
10月も終わりになってしまいました。早い。論文、やっぱり無理かしら。仕事とのバランスが上手くとれなくて、焦っているというか苛立っています。で、それだけじゃなくて、相棒が同僚から「君のワイフは掃除をしないのか?」とか「君のワイフは料理をしないのか?」と言われたなんて聞くと、さらにプレッシャーが…。相棒自身はそんなこと言う同僚の方が女性に対する偏見が強くて常識知らずだって思ってるみたいだけどね。何をやるにも中途半端で自己嫌悪な今日この頃。
動物と言えば、新潟のペット。避難場所には連れていけないから家族は避難していてもペットだけ家に残っているケースが多いんだそうで。村に一時帰宅してペットの犬をなでている人の写真を見て、そうかぁってなんか悲しくなっちゃいました。うちのアウレリウスなんて、お風呂の洪水だかの時に便器の上でどうしたらよいか戸惑っていたぐらいですから、新潟の地震みたいな災害が起こって、もし私達がペットなしで避難しなくちゃいけなくなったら、おどおどどころか、普段の食べ物の激しい好き嫌いがたたってサバイブできないんじゃないかって心配。
明日はハロウィンなんですが、去年、近所の子供達が結構来たので昨日キャンディ類を5袋ほど買いだめしてきました。まぁ、これだけあれば十分でしょ。チョコレート類は甘すぎるから1袋だけにして、残りはすっぱいキャンディにしました。
いやぁ、びっくりしたのなんのって。インターネットやってて、なんか鳥の声がうちの周りでうるさいなと思ったら、すずめが部屋の中で飛んでるんですもの!アウレリウスが興奮して追いかけ回していて、私も慌てて猫の後から紙袋を持って追いかけ、すずめは窓やら壁やらぶつかりまくり。アウレリウスが私の書斎まですずめを追い詰めて実際1回キャッチしちゃったのよ。で、あっ、こりゃ、猫がいたら私が捕まえられないと、ミャウミャウ鳴くアウレリウスを相棒の寝ているベッドルームに連れて行って閉じ込めて、紙袋の代わりにもっと柔らかいTシャツで捕まえる戦法に変更。すずめの方もそれなりによく考えてるみたいで、私が捕まえにくい暗くて細い隙間の方に入って行ったんだけれど、すぐ移動できるシュレッダーと壁の間だったから隙間の幅をちょっと広げてTシャツでそっとくるんで捕獲成功。くるんでる間は全然抵抗しなかったから、ショック死とかしてないだろうなとドキドキしながらそのまま外に連れていったんだけど、Tシャツを開いて、“Go, Birdy!”って言ったら家の前の木の方に元気に飛んでいきました。顔がめっちゃ可愛いのよ、こっちのすずめ。(^_^)アウレリウスをベッドルームから出したらすぐ書斎に走っていったけど、すずめがいなくなっていてきょとんとしてました。…しっかし、どうやって室内に入ったんだろうか?窓は開けてないし、窓に設置するエアコンも外してあるし、これといった割れ目なんかも天井に見当たらない。…不思議だ。
のち
母からEメールの返事が返ってきて、安心しました。父は前日に所沢の方に戻っていたので、新潟の地震被害に巻き込まれることはなかったようです。新潟の家のご近所の人とも連絡がとれたようで、震度6だったけれど被害事体は大きくなく、でも、道がぼこぼこらしい。今年の冬はずっと所沢になるのかな。お隣りの十日町は新聞なんかに出ているように被害が大きかったようなんだけれど、十日町出身のYちゃんの家族の安否が気にかかります。Yちゃんには電話とEメールでメッセージを残しておいたけれど、返事が来ないところを見るとまだ日本と連絡が取れていないんじゃないかしら。十日町はおじいちゃんが入院していた時に私も通っていた場所だから、被害が大きいってインターネットのニュースで見るとなんか胸が痛くなるというかショックというか…。
今日は日本では体育の日かな?私は走りに行きたいけど、まだ大事をとってやめときます。こちらは明日、月曜日がコロンブスデーで休み。タイミングよく体調悪くなったな。もう1日休めてよかった。
まだ体調は万全ではないけれど、全身痛が引いたお陰でベッドにずっといる必要がなくなりました。まだなんとなくふらふらなんだけどね。でね、さっき掲示板でぶつぶつひとりごとを書いてたら、妙に歌謡曲が懐かしくなっちゃってね。インターネットで70〜80年代の歌謡曲をちょこっと試聴してみたり、持ってるCDをかけて唄ったりしてるわけです。まぁ、時々こういった“歌謡曲懐かし〜よ〜発作”が出るんだけど。私は90年からアメリカに来てるんで、私の心に残っている歌謡曲って80年代が中心。70〜80年代の曲って私にはとても大切なんだよね。ちょうどあの頃ってさ、『ザ・ベストテン』とか『8時だよ、全員集合!』とかね。まだテレビ番組もケーブルなんてなかったから見るものも限られてたし、家族が一緒に見るような番組にアイドルもいっぱい出ていて、よく歌謡曲を聞く機会が多くてさ。子供も大人も皆ピンクレディーとか聖子ちゃんとか演歌のメロディまで知ってたりするわけで、そういう年代を越えて共有できる価値あるひとときだったっていうんでしょうか。今はケーブルで音楽1つとってもチャンネルごとに分岐し過ぎの上、アメリカなんかだと子供部屋に自分用のテレビがあったりして、家族で一緒のテレビ番組を見るとか、チャンネル権を争うなんてのが減っちゃって、子供と大人の共有できるものがさらに少なくなってるような気がする。でね、私の場合、90年以降、日本の家族との文化的な接点がほとんど薄れているため、歌謡曲時代が存在したということが今考えると本当に有り難いわけ。次回、帰国して家族でカラオケに行ったとしても、一緒に楽しめる手段が残っている!
それから、あと思ったのは、老年になった時に最後まで憶えていることってハイティーン〜20歳前後のことなんだよね、確か。結構、その時代にタイムワープしちゃう人多いらしい。だから、若くして戦争に行った人達って人生最期にまた辛い想いをしなくちゃいけない人が多いって言われてる。私の祖母は学校で教えた時のことを思い出して、ある日突然学校に行く準備を始めたらしいし。私はきっと高校時代〜大学時代ぐらいのことを思い出すんだろうけれど、幸いにも、冒険的でいろいろ新しいことに挑戦したよい時代だったし、やることなすこと見ていた映画やドラマも聞いてた音楽も日本語・英語ぐちゃまぜだったわ。だから、自分の日本の代表部分になるのがちょうど80年代で、当時の歌謡曲ってやっぱり私の人生についてまわるようになってるの。
フル(=インフルエンザ)にかかっちまったんでしょうか。2日連続で睡眠不足だったんだけど、昨日の朝、めっちゃ調子が悪いと思いつつ、痛み止めを飲んで私立学校の仕事に行ったんだけれど、子供のテストが終わる頃から寒気がひどくなって、先生とミーティングの時なんて手が凍ってるんじゃないかってぐらいに冷たくなり、車で家に帰る時もヒーターずっとかけてたのにずっと寒気がおさまらず、家に着いたらそのままベッドに直行。身体中痛くてまっすぐ立てないし、まともに歩けなくなってしまいました。で、熱がひどくてねぇ。103度(摂氏39.5度近く)まで上がっちゃってさぁ、Tシャツ1時間に一回ぐらい変えてるような具合。今日も昨日よりまだましだけど、まだ汗かいたり、身体も頭もちょっと痛い。今日は喉が一番痛い。昨日は喉の壁に小さなマッシュルームでも生えたような感じだったんだけど、今日は層の厚い苔になっちゃってる感じ。食べ物はもっぱら相棒が買ってきてくれたチキンスープとオレンジジュース。長時間はコンピュータしてらんないんです。今日は一日NSSEDのミーティングがある日だったんだけど、どっちみち私はすでに今週は3.5日は働いたこともあってキャンセル。ベッドに数時間横になっては、冷蔵庫やコンピュータにちょっと寄って、またベッドに戻ってる状態です。NSSEDで来週無料でフルの注射をしてくれる予定だったんだけど、国内のワクチン不足でこれもキャンセルになりました。いやぁ、そういうニュースが流れてすぐにキャンセルにならなかったから、NSSEDってなんて金持ちな教育機関なんだって驚いてたんだけれど、やっぱりねぇ。
黄色くなった木の葉も落ち始め、すっかり秋の気候になってしまいました。部屋の中で半纏着てて、今ホットチョコレートを作ってるところ。先日相棒が間違えて料理用のココアパウダーを買ってきたんだけど、全然甘くないのでいったい何に使えるだろうと思ったら、なんだ、ココアと砂糖とバニラエッセンスとお湯と最後にミルクを加えたらホットチョコレートとして飲めるじゃん。既製のだと甘すぎるから自分で砂糖の量を調節できるこっちの方がいい。

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