AERA・4-19号から 一部引用
、、、、、思いは熱くても、理路整然とした話しぶり。大人びた容姿。「とても高校生とは思えなかった。30歳前後かと思いました」
NGO「PEACE ON]の佐藤義大事務局長(31)は1ヶ月前、今井紀明さんと初めて会ったときのことを、そう振り返る。18歳という年齢が世間を驚かせたが、今井さんに会ったジャーナリストやNGO関係者の多くが、共通して抱いた印象だ。
月刊誌「世界」昨年8月号の「ひと2003」蘭に、「高校生記者」として取り上げられた。「好奇心旺盛だが、素直で謙虚でもある。書物の知識だけでなく、まず現場の人や識者に会って、自分の疑問を直に確かめようという姿勢に、こちらの方こそ教えられることが多かった」
31歳の編集者はそう語る。
劣化ウラン弾の使用禁止を求めて一緒に活動する日色無人さんも「高校卒業前なのに短期間で、記者から専門家まですごいネットワークを作り上げた。常に根拠と目的を求め、高校生と話している感じはしなかった」
と感心する。
今井さんが卒業した北海道江別市の立命館慶祥高校によると、今遺産は中学時代に生徒会長を務め、高校では吹奏楽部に属していた。先生からの信頼も厚かった。
9.11が転機だった。友人によれば、「僕らがやらなきゃ、世界がダメになる」というのが口グセ。その言葉通り、学校祭で集まった資金で分別用ごみ箱を設置したり、校内のゴミ拾いに積極的にかかわったりした。高校在学中に市民活動を始め、その活動をもとに授業が行なわれたこともあった。今回も、自身のテーマである劣化ウラン弾被害を確かめるためイラクに行く、と3月末に高校に報告に来たという。
食べ盛りだが、手にした原稿料は活動費や本代に消えた。「おなか減ったなあ」とこぼすたびに、周囲は、改めて彼の若さに気がつかされた。
君がすることはほとんど無意味だが、それでもしなくてはならない ―。「世界」編集者によりと、そんなガンジーの言葉が支えで、「何かをしなければならないという、焦りが彼を突き動かしていた」
知人には、秋から英国の大学で平和を学ぶ計画を話していた。「週刊金曜日」にも小さな記事を書き、メールなどで自身の意見を発信し続けてきた。「少年犯罪や児童虐待など社会問題全般に関心があり、将来はジャーナリストを目指していた」
そう、反戦運動を通して面識のある伊藤瀧子さんは語った。
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