人間の場合、1つの脳に2つの異なる人格が宿ることがあり、それぞれの人格に備わっている独自の神経ネットワークが記憶の想起や抑圧に役立っているらしいことが、このほど発表された脳画像研究によって明らかにされた。
多重人格が発生する典型例としては、重度の心的外傷や激しい虐待を受けた子供たちを挙げることができる。この症状は、多重人格障害あるいは解離性同一性障害と呼ばれるが、このような状態になると、つらい思い出を遮断し、それを他人事のように感じるようになり、心的外傷などに対処する上で役立つと考えられるのだ。
フローニンゲン大学病院(オランダ)のSimone Reindersがリーダーとなる研究チームは、11人の女性の多重人格患者に対し、2つの人格状態のそれぞれで、過去の心的外傷を内容とする自伝的な物語を聞かせながら、陽電子放射断層撮影法で脳スキャンを行った。
この自伝的な物語を自分のことと認識するようなペルソナ(表向きの人格)の状態にある場合、脳内では感情中枢が活性化した。これに対して、この物語を意識のレベルで自分の話とは認識しない人格状態の脳内では、脳のネットワークが最初の場合よりも幅広く活性化した。このとき活性化したネットワークには、自己認識あるいは意識に関与する領域も含まれていた。この領域は、単一人格の人が自分とは無関係の話を聞いた時には活性化しないと考えられている。
「脳は、心的外傷に関する情報を積極的に抑圧しなければならないのです」とReindersは言う。この脳領域によって、自伝的記憶が抑圧され、その人格によって認知された過去の記憶から消去される、とReinders は考えている。
患者の心的外傷が脳によって積極的に遮断されることを明らかにした今回の研究は「新たな展開と言える。」こう語るのは、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の精神科医James Chuだ。人格が異なると活性化する脳領域も異なることは他の研究によっても明らかになっている、と彼は言う。
本当に病気なのか?
解離性同一性障害の患者は、感情的にも肉体的にも大きく異なる複数の人格を持ちうる。Reindersの論文に記述されている1つの事例では、女性患者の1つの人格はバレーボールが上手で、別の人格は下手だった。
多重人格という現象は、ショックを表す日常用語にもなっている。「我を忘れた(I was beside myself)」、「人格がバラバラになった(I was falling apart)」という具合だ。しかし解離性同一性障害が本当の病気かどうか疑わしいと考えている人々もいる。むしろ役割演技をしているか、病気のふりをしている、と考えられているのだ。
Reindersは、この論争を決着に近づける上で今回の研究結果が役立てばよいと考えている。この研究を始め数々の研究では、多重人格者の人格が切り替わる時と単に気分が変わる時が比較され、前者の方が脳内での変化が大きいことが示唆されている。ただし「これで納得する人々のほとんどは、既にこの考え方に納得している人々だろう」とChu は予想している。
Helen Pearson
参考文献
Reinders, A. A. T. S. et al. One brain, two selves. NeuroImage 20, 2119 ?2125 (2003). doi:10.1016/j.neuroimage.2003.08.021