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岩月謙司氏のSEX観の検証

  • 岩月氏の著作から、SEX観に関する部分を抜粋してみた。

    岩月謙司著 「自分にウソをついて何になる」 163頁

    自分にウソをついて何になる 彼ら(縄文人)のしたセックスは、母が赤ちゃんを
    だっこするようなやさしいスキンシップだったのです。

    あくまでソフトでやさしく、貴賓あふれるものだったのです。
    必ずしも射精を目的としない肌と肌とのふれあいだったのです。
    タントラと呼ばれているものです。
    タントラとして現代に伝わっている書物から想像すると、
    縄文人たちは一時間でも二時間でも結合したままでいたことでしょう。
    同じ行為をしても、どんな心でそれをしたか、どんな気持ちでそれをしたかによって、
    まったく別物になってしまう世界、それが男女の交合の世界(結びの思想の世界)です。
    性というものがエッチで卑猥でいやらしいと思っているうちは、タントラ的交合はできないようです。

    岩月謙司著 「母親よりも恵まれた結婚ができない理由」 250頁

    母親よりも恵まれた結婚ができない理由(わけ)―女性の「オトコ運」を母の嫉妬がくるわせる 神聖で崇高なセックスは、一時間以上も結合したままでいられます。
    愛の交歓ができると結合してじっとしていても充分気持ちがいいのです。
    いえ、その方が気持ちいいのです。
    こうなると、セックスというよりもスキンシップといった方が正確かもしれませんね。

    岩月謙司著 「女性のオトコ運は父親で決まる」 193頁

    女性の「オトコ運」は父親で決まる スキンシップの目的は、心の癒しです。
    ・・・略・・・
    人は、誰でも心に傷を持っているものです。
    その傷は、たいてい子ども時代に受けた傷です。
    その傷を癒す作業、それがスキンシップでもあるのです。
    そして、セックスというのが究極のスキンシップなのです。
    ・・・略・・・
    そして、お互いに生まれたままの姿になって癒し合うのです。
    お互いが、母親役をやったり幼児役をやったりするのです。
    女性だけが母親役ではありません。
    お互いが親になったり子になったりしながら、子どもの頃の傷を癒し、
    かつまた、今日受けたストレスを愛に置換するのです。

  • 岩月氏は、セックスにより心の傷を治癒する効果があり、
    かつ、母親が赤ちゃんや幼児を抱きしめるようなセックスを理想と考えていた。
    次に、気持ちいいセックスをするための必要条件についての記載を紹介しよう。

    岩月謙司著 「女性のオトコ運は父親で決まる」 194頁

    女性の「オトコ運」は父親で決まる
    • Q・気持ちいいセックスをするための必要条件は何ですか?
    • A.もう、おわかりのことと思いますが。愛と信頼です。
      特に、不信感(人間不信)があるとダメです。
      人間不信とは、先ほどにも書きましたように、
      自分の親以上に、自分の幸福を願い、自分を愛してくれる人なんてこの世にいるはずがない
      という世界観です。
      親から否定的に育てられるとこうした世界観ができあがってしまいます。
      ・・・略・・・
      こういう世界観を改めない限り、愛を心に入れることはできません。

  • ANSWERは主語が全て省略されているが、
    「親から否定的に育てられた人」から解釈すると、育て直しのクライアントを指すと思われる。
    岩月氏のクライアントの殆どは親との関係に問題があり、それに起因する神経症的症状になやんでいた為である。
    そして、「不信感」とは、クライアントの親代わりとして「育て直し」を行う岩月氏への不信感だと推定される。
    それは、「自分の親以上に、自分の幸福を願い、自分を愛してくれる人なんてこの世にいるはずがない
    から、肉親でないにも関わらずクライアントを愛する人への不信感という点から読める。

  • この文章を反対解釈すると、育て直しのクライアントが岩月氏に100%の愛と信頼を寄せた時、
    岩月氏はセックスで「心の癒し」をおこない、愛をクライアントに入れると解される。

  • 岩月謙司ホームページにも、同様な記載がある。

    岩月謙司ホームページ 「セックスは聖なる儀式」 より

    自分と自分以外のものの境界は皮膚です。その皮膚を合わせるというのは、 自他の区別 を無くすことを意味します。自他の区別がないというのは、自分を愛するように相手を愛せるということでもあり、 相手の魂と直接触れ合うことでもあります。心のふれ合いの極致がセックスなのです。  ・・・略・・・

    自己受容できるようになるには、「理性による理解と感情による納得」が有効です(そのヒントは拙著に書いてありますのでご覧下さい)。

    ・・・略・・・

    この愛と信頼がないと、セックスをしても、聖なるパワ−は生まれません。大いなる気持ちよさも得られません。 しかし困ったことに、心の中に怒りがあると、「楽しいことをしよう」という意欲が発生しなくなります。 怒りを減らす特効薬が「気持ちよさ(悦び)」なのに、困ったことですね。これではいつまでたっても怒りは減りません。 しかも、そんなやる気のない自分にますますイライラしますから、いっそう怒りが増します。 しかし、ますます楽しいことを企画立案しようという意欲はしますので、ますますあせります。 怒りはたまる一方です。すっかり悪循環にハマってしまって、いよいよ楽しいことができなくなります。 こうなると、ひとりの努力ではこの悪循環を断ち切ることは不可能です。第三者の支援が必須です。 あなたの幸せを願い、あなたと悦びの共感をしたいと願う人の支援です。

  • 怒りがたまり悪循環にハマってしまうとは神経症の症状に合致し、よって、クライアントのことを指すのだと思われる。 それを支援する第三者とは岩月氏と推測され、 支援方法とは、「聖なる儀式」としてのセックスだと推測される。

    つまり、この文章は岩月氏がクライアントとの性交渉を合理化するための記載と解される。


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