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Others Episode



ここではその他の映画に関連する エピソードなどを
とりとめもなく書きつづっています。



謎の有名監督「アラン・スミシー」

「アラン・スミシー」という映画監督の名を聞いたことがあるだろうか?
その名は1960年代から登場する。彼の作品で有名なものとしては、1969年 「ガンファイターの最後」、1989年「ハートに火をつけて」、1994年 「デューン/砂の惑星・特別篇」、1996年には「ヘルレイザー4」を監督した。
彼が手がけた映画はなんと30年で20本以上!! そのジャンルも幅広い。 しかも、映画監督だけでなく、プロデュースや脚本もこなし、TV番組の監督 もやるという活躍をする。
 ところが、このアラン・スミシーは誰もその姿を見たことがないという。 そればかりか、撮影現場でも誰一人として彼を見た人は存在しない。 そんな彼は、ハリウッドでは有名な "幻" の人物なのだ。

 アメリカでは映画製作会社やプロデューサーが、絶対的な力を持っている。 時には「ストーリーをスポンサーのキャンペーン向けに変更」 「クライマックスをお涙頂戴からハッピーエンドに」しろ、というような 改悪させられるケースもある。
 こうなると監督の当初考えていた構想とまるでかけ離れてしまって、プロデューサー ともめて降板していくなんてのが後を絶たない。
 制作初期段階での降板なら監督を交代して事なきを得るのだが、 撮影もほぼ終了段階で監督が降板し、不名誉だから名前も出さないでくれと 言われてしまうと、監督名が空欄になってしまう。そこで、登場するのが 「アラン・スミシー」という監督だ。
 ドタバタに巻き込まれたあげく、名前を空欄に出来ないという理由で 登場する全く架空の人物なのだ。つまるところ、この名前があるということは、 何か制作上のトラブルがあった可能性が高いのである。
 ちなみに、『ハートに火をつけて』の本当の監督はデニス・ホッパーである。  



マカロニ・ウエスタン?

イタリアン西部劇のことをいう言葉として知られているが、実はこの言葉は 故淀○長治氏が勝手に作ったことばである。
本当はイタリアの西部劇ということで"スパゲッティー・ウエスタン"という のが世界的には常識である。
しかしどうも気に要らなかったらしく、似たものということで"マカロニ"に 変えて広めてしまった。おかげで"マカロニ・ウエスタン"などという言い方 をするのは日本だけで世界の何処にいっても通用しない言葉が出来てしまった。

荒野の用心棒より


セルジオ・レオーネ


『荒野の用心棒』でイタリアン西部劇を世界に知らしめた映画監督である。 この映画で当時二流俳優でバート・レイノルズとともにハリウッドを追い出された クリント・イーストウッドが一躍スターとなった。  ご存知?のとおりこの映画の元は黒澤明監督の『用心棒』であるが、それにしても細部に いたるまでソックリで黒澤サイドから訴えられたということもあった。



夕陽のガンマン

上で書いたセルジオ・レオーネ監督の作品。
 "名無し"の賞金稼ぎクリント・イーストウッド、訳ありの賞金稼ぎリー・バン・クリーク、 そして二人が狙う賞金首のジャン・マリア・ボロンテの三人を軸に物語は進んでいく。
アメリカ映画でよくある勧善懲悪もの(正義のヒーローが悪を倒してめでたし、めでたし、で終わる) とは一線を画す。それにしてもクリント・イーストウッドもかっこいいが、なんといっても リー・バン・クリークがシブすぎる。悪役のジャン・マリア・ボロンテもいい味をだしている。
 この映画の後に、『続・夕陽のガンマン』という映画が作られたが、これは日本で『夕陽のガンマン』 がうけて、主要の三人も同じキャスティングだったため、勝手につけた邦題である。原題を 直訳すると『善玉,悪玉,卑劣漢』というのが本当の題名である。



『2001年宇宙の旅』と手塚治虫

 手塚治虫とは、漫画家の手塚治虫のことである。
『2001年宇宙の旅』とどういう関係があるかというと、この映画の監督である スタンリー・キューブリックが鉄腕アトムのアニメーションをみて、 「私が考えていたイメージはまさにこれだ」と感じ、手塚治虫に映画の美術監督を やってほしい、と依頼してきたのだ。だが、そのころの手塚治虫は寝る間もないほど に仕事に忙殺されていた時期で、とても引き受けられる状態ではなかったためにこの依頼を 断ることとなるが、もし引き受けていたらどうなっていたのだろう。
 しかしこの手の作品にたいする評価などは、海外の方がよっぽど高いらしい。





『風と共に去りぬ』とジョージ・キューカー

『青い鳥』やオードリー・ヘプバーンの『マイ・フェア・レディー』などで知られる 監督である。
 『風と共に去りぬ』の監督はビクター・フレミングと言うことになっている。たしかに 最終的に仕上げたのはビクター・フレミング監督であるが、もともとこの映画は何人もの 監督、脚本家が携わっていて、制作サイドともめて辞めたジョージ・キューカー監督が 映像の60%以上を撮った映画である。フランスの女優カトリーヌ・ドヌーブが 「もっとも女性を美しく撮る監督」としてあげた三人の監督の一人である。



MM,BB,CC

MM(ムム),BB(べべ),CC(スス)と読む。

昔のアメリカの三大グラマラス女優を指す言葉で、マリリン・モンロー(MM), ブリジット・バルドー(BB),クラウディア・カルディナーレ(CC)の略。









おまけ

映画一口レビュー



千と千尋の神隠し

和風不思議の国のアリス的な話だが、ずっと深く日本映画の中でも良質の映画だ。



パール・ハーバー

見る価値なし。

以上