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AimeeとPTSDの離れられない関係 |
| Aimeeは、普通の日本の家庭に育ち、多少の問題を抱えながらも高校まで日本の学校を卒業しました。日本では、少し治安の悪い場所に住んでいたことがあるので、少し恐い思いをしたこともあります。その後18才のとき、「日本だけではなく世界の事を勉強してみたい、体験してみたい」、と思い、純粋な気持ちから
アメリカに留学しました。 ところが、平和な日本に育ち、「犯罪に対する免疫」がほとんど無かったAimeeは、アメリカでさまざまな 犯罪被害経験をしてしまいました。それらの全てが、「嫌な経験」だったわけではありませんが、AimeeのPTSD の要因になったことは確かです。 Aimeeの犯罪被害体験やトラウマを、リストアップしてみました。PTSDによっぽど縁があったことが、わかりますよね(笑) |
| 日本で: 幼児期から高校生まで |
| 7才のとき:
ちかん行為に遭遇 7才のときに、いわゆる「変なお兄さん」に会いました。親友と公園で遊んでいたら、突然、若い大学生風の男性が近寄って来て、時間を聞いてきました。 別に疑いもせず、腕時計を見て答えると、いきなりその男性は 「僕のポケットの中に、手を入れてみてくれないかなあ」 と言いました。その頃は、なんのことだかさっぱり分からず、Aimeeと親友は、その男の言う通りのことをしてしまいましたが、、今から考えてみると、あれは他でもない犯罪行為だったんですよねえ。 |
| 8才のとき: 誘拐未遂? その頃、Aimeeは駅の近くまで英会話学校に通っていました。自宅から駅まではバスで20分くらいの距離があり、バス停から自宅までも、少し離れていました。 英会話の帰り、夕方6時頃、バスから降りて帰宅の途についたとき、いきなり白いライトバンが、私の隣に止まりました。静かに車の窓があいて、30代位の男性が、 「○○までの行き方を知っていたら、教えてくれないかなあ」 と尋ねてきました。もちろん、Aimeeはていねいに教えてあげたのですが、その途中にいきなり、ライトバンの後ろのドアが開き、別の男性が、呆然とするAimeeをライトバンの中に引きずり込もうとしたのです。 誘拐される!ととっさに感じたAimeeは、 「助けてー○○さん、助けてー○○さん」 と大声で叫びました。ちょうど目の前に、日ごろ仲良くしている友人の家があって、家には明かりがついていたからです。私の声に驚いて、友人のお母さんが家から飛び出してきました。 それを見たライトバンの男達は、私を道路に突き倒すと、アクセルを踏んで逃走しました。私の両親が、その後、事件を警察に通報し、警官に犯人の似顔絵などを書かされたのを覚えています。 |
| 高校生のとき:
ちかん行為に被害、イスラム教にのめりこむ 電車通学の女子高校生はみんなそうだとおもうのですが、Aimeeもちかん行為の犠牲となりました。 また、高校時代は学校にもなじめず、いじめを受けたりして、かなり精神的にダメージを受けてしまった時代です。あまり友達も居なく、英会話学校で知り合った、イラン人やその友人達と仲良くしていました。彼らに影響をうけて、イスラム教にのめりこんだのも、この頃です。 |
| アメリカで: 大学生のとき |
| 1991年6月(18才のとき):
交通事故でムチウチ シカゴからアイダホ州へドライブしているときに、ハイウェイで事故をおこしてしまいました。ハイウェイの反対車線につっこみ、崖からころげおち、車は大破しました。その時の後遺症で、まだムチウチが治っていません。 |
| 1992年11月(19才のとき):
押し入り強盗と警察不信 感謝祭の休みを利用して、アイダホ州の大学に行っていたAimeeは、カリフォルニア州の友人に、ひとりで車を運転して会いに行くことになりました。 その休暇の帰り道、途中で泊ったサクラメントのモーテル6で、強盗の被害にあいました。Aimeeが部屋にチェックインすると同時に、黒人の男が部屋のドアを突き破ってはいって来ました。男の手には、ナイフと拳銃が握られていました。 Aimeeは、恐怖で動けず、強盗に言われるままに両手を縛られ、持っていたものを根こそぎ盗られてしまいました。 次に、その強盗は、Aimeeの車を渡せというのです。Aimeeは、大切な車を命以上に?大切にしていたので、 「車だけは渡せない!」 と、強盗に言いました。すると、強盗は、 「でも、俺も逃走車が必要だ。車を取り上げてもらいたくなかったら、俺をサンフランシスコまで送って行け!」 と言いました。 なんとも奇妙なことに、強盗の運転する私の車で、私と強盗のサンフランシスコまで2時間ドライブが始まりました。車の中で、私と強盗は、いろいろな話をして、仲良くなってしまいました。その時に、彼が言っていた言葉が忘れられません。 「黒人が、みんなこんな悪いヤツだと思うなよ。いいやつだって、いっぱい居るんだ。」 強盗をサンフランシスコで降ろし、Aimeeは放心状態でサクラメントまで戻り、その後、警察に通報しました。 ところが、警察にはこの話を信じてもらえず、「Aimeeと、その友人が保険金詐欺をしようとした」と決めつけられ、反対にAimeeが牢屋に入れられてしまいました。この時に、絶大なる「警察不信」が芽生えたのです!強盗よりも、警察の方が、ずーっと恐かった! |
| 1993年11月(20才のとき):
友人の自殺の目撃 Aimeeの大親友が、自殺をしました。彼女は、よく私の部屋に遊びに来ていて、ほとんどルームメート状態だったのです。ある日、自宅に帰ると、彼女が血まみれになって死んでいました。この出来事は、今でも私を苦しめ続けています。彼女が、天国で幸せになっていることを、祈ります。 |
| 1994年5月 (21才のとき):
大切な命を亡くしてしまった ちょっとここでは書けませんけど、私の不注意で、大切な命を亡くしてしまいました…。 |
| 1994年11月(21才のとき):
デイトレイプ ある冬の夕方、買物にいったスーパーマーケットの駐車場で、車がエンコしてしまいました。 公衆電話から、近くに住んでいる友達に助けを呼ぶと、彼はすぐに来て、車をみてくれました。彼は、 「とりあえず、新しいバッテリーが必要だから、いったん僕の家に戻らないと駄目だなあ。寒いから、Aimeeも一緒においでよ。」 というので、ふたりで彼の家のガレージへ向かいました。 クラスメートだからといって、信用したのが間違いでしたね…。Aimeeは、彼の家でレイプされてしまい、その後、数日間 何度も死のうかとひとりで苦しんでしまいました。どうすればいいか分からなくて、結局、警察には連絡しませんでしたが、友人の勧めで病院で検査だけは受けました。 |
| 1995年12月〜翌年3月(22、3才のとき):誘拐、監禁、レイプ、脅迫などの一連の事件 Aimeeが本格的にPTSDを発病することになってしまう事件です。 日ごろから仲良くしていたアルバイト先の会社社長が、倒産のショックから、Aimeeのアパートに押し入りました。そして、Aimeeを監禁してレイプし、脅迫に利用するための写真も、たくさん撮られました。そのまま、Aimeeを人質として立てこもり、その頃Aimeeが付き合っていた「某企業の社長さん」から身の代金を要求しようと試みました。 Aimeeは、長い監禁生活から「ストックホルム症候群」になってしまい、逆に犯人をかばうような行為をしてしまい、たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。解決までに、数ヶ月を要してしまい、警察関係者も事件に関わった人も疲れ切ってしまいました。結局、Aimeeが裁判を途中で放棄してしまい、犯人は不起訴処分となりました。 ちなみに、この時事件に巻き込まれた「某企業の社長さん」が、今のAimeeの前ダンナ。結局はうまくいかなくて、2年後に壮絶な離婚となりました。 |
| 日本で: 社会人のとき |
| 1996年9月(23才のとき):
マルチ商法の被害 上記の事件の後、Aimeeは数年日本に戻り、会社勤めをしていました。 会社で働いているとき、突然、古い親友から電話がかかってきて、今度会わないかという話になりました。渋谷で待ち合わせをすると、そのまま、雑居ビルの会合のようなものに連れて行かれ、商品の説明を聞かされ、その会員になるように強要されました。会員になると高い商品が安く買えるのですが、会員費として 30万円近くを払わなくてはなりませんでした。しかし、彼らにいわせると、その商品を売りまくれば、サイドビジネスとして、巨万の富が転がり込むというのです。 Aimeeが「会員になりたくない」と断ると、その会の会長と言う「大阪商人のような出っ歯オヤジ」に、 「おまえは、表面だけにこにこして、まるでホステスのようなやつだ!」 「おまえは、友達の好意を裏切るのか!」 「おまえみたいな人間は、人間の一番腐ったやつだ!」 と、罵倒されました。 あれが、いわゆる、洗脳的マルチ商法というやつですねえ…。別に、怒鳴られただけで何の危害も加えられなかったのですが。 |
| アメリカで: アメリカの企業で在職中 |
| 1999年12月〜2000年2月(26歳のとき):
離婚 2年間の短い結婚生活に別れをつげ、離婚を決意しました。 相手がアメリカ人で、結婚してからずっとアメリカに渡っていたため、アメリカでの離婚となりました。 稼いだお金はすべて相手にもっていかれ、アメリカ滞在ビザの手続きも中途半端のまま、強制送還寸前。しかし、元夫からの精神的なプレッシャーに耐えかねて、なけなしのお金でアパートを借りて、そこへ逃げ出しました。 |
| 2000年8月(27才のとき):
レイプ 仕事の関係でとある国へ行きました。 コンフェレンスのようなものだったのですが、その際、取引先の人に暴行されてしまいました。1年以上、電子メールなどで一緒に仕事をしていた人からそのような仕打ちを受けたので、混乱してしまいました。 日本のボーイフレンドの助けで、シアトルに戻ってから病院へ行きました。仕事上、これからも付き合いがある人なので、結局、警察には通報できませんでした。 根性無しなんです…詳しくは、8月の日記をみてください。 |
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| 1996年1月(23才のとき):
失語症 監禁された後、警察が踏み込んできて救助されてから数日間、なぜか口がきけなくなってしまいました。 「精神的ショックによる失語症」と診断され、警察直属の精神病院に入りました。また、口がきけなかったため、事情聴取は、パソコンの画面に文字をタイプするという方式で行いました。
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| 1996年2月(23才のとき):
パニック、失神などの症状を発病 Aimeeはまだ大学4年生だったので、事件後も、警察で事情聴取を受けながら大学に通っていました。犯人はまだ逮捕されておらず、Aimeeの周囲をうろうろしていた時期でした。 そんな時、突然大学の授業中に、震え、息苦しさ、めまいなどのパニックの症状に襲われ、そのような症状が、スーパーマーケットや人ごみなどでも起こるようになりました。また、毎晩悪夢にうなされたり していました。 Aimeeは心理学部だったので、PTSDという病気があることも知っていましたが、まさかこの自分がその病気になっていたとは思わなかったのです。 Aimeeは、上記のとおり、たくさんの犯罪の被害にあってきましたが、その後も、普通に生活していました。だから、今回も大丈夫、何とか自力で切り抜けられる、と思っていたのです。
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| 1996年2月(23才のとき):
パニックによる発熱、外出恐怖 ある日、大学構内で大きなパニック発作が起き、「変な症状だな、脳腫瘍でもおきたのかな?」と思いました。家に帰って、熱を測ってみたら、40度近くあったのです。 別に風邪の症状も無いというのに。そのようなことが度々起きていましたが、「事件の処理で、疲れているんだろう」と適当にやりすごしていました。 そして、大学の帰り、バスを待っている間、急にパニックの症状がおきて吐き、そのまま失神して病院に運ばれてしまいました。病院で精密検査をうけたところ、どこにも異常が無かったので、「たぶん、精神的なものからきているのだろう」と言われ、カウンセラーにかかることを勧められました。 ところが、その頃からパニックの発作がひどくなり、全く外に出ることが出来なくなってしまったのです。いわゆる、「外出恐怖症(アゴラフォビア)」になってしまったAimeeは、買物に出ることも出来ず、家に閉じこもり、家にあるもの(小麦粉、米、冷凍食品)などを食べてしのいでいました。
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| 1996年2月(23才のとき):
自殺未遂、犯人との接触 その頃、犯人はまだAimeeをストーキングし、Aimeeの様子をうかがっていました。そのため、Aimeeが精神的に異常な状態であることを察したようです。 外出恐怖におちいり、食べ物もそこをつき、日々に衰弱していることを心配した犯人は、たくさんの食べ物を持って Aimeeのアパートを訪れました。Aimeeは、たとえひどいことをした人であっても、とにかく助けて欲しい、 と彼に頼ってしまいました。他に、本当のことを話して頼れる友人は、居なかったし、自分でも混乱していたのです。 犯人は、毎日のように、Aimeeのアパートへやってきて、いろいろと世話を焼いてくれました。ますます混乱した Aimeeは、「一緒に死んで!」と、犯人の目の前で大量の睡眠薬を飲んで自殺未遂を図り、病院に担ぎ込まれました。
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| 1996年3月(23才のとき):
犯人が助けてくれる、治療 そして、犯人の勧めで、学校のカウンセラーに会いに行きました。もちろん、カウンセラーへの道中は、犯人が車で送ってくれたのです。確かに異常な風景でしたが、Aimeeには、これが普通に思えていました。
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| 1996年3月(23才のとき):
カウンセラーのたらい回しにあう Aimeeの話を聞いたカウンセラーは、あまりに異常さに「混乱」してしまいました。Aimeeが「監禁」という被害にあい、その後、その「犯人」に助けられながら生きている、と聞いて、とても自分の手におえないケースだと思ったみたいです。 その後、警察から斡旋されて(アメリカでFBI事件にあうと、警察の方からカウンセラーに行くための補助金やアドバイスがでるのです)警察管下のカウンセリング事務所に行きましたが、薬をもらっただけであまり効果は出ませんでした。
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| 1996年6月(23才のとき):
帰国、PTSDとの闘いの始まり とりあえず、カウンセラーや周りの勧めもあって、大学を出た後、すぐに日本に帰国して犯人との距離を置くことにしました。すぐに、東京の某インターネット関連企業に就職したのですが、通勤電車の中で吐いたり、パニックをおこしたりと、ほとんど会社と自分のアパート以外には出られませんでした。
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| 1997年3月(24才のとき):
再度アメリカへ、PTSDの悪化 アメリカの某ソフトウェア会社から就職のお誘いがあったので、もう一度アメリカに戻りました。 テキサス州に居たのですが、やはり、アメリカには事件を思い出させるトリガーがたくさんあり、鬱、パニックなどの症状がひどくなってしまいました。一応、薬は飲んでいましたが、ほとんど効果はなく、どんどん悪くなっていくようでした。
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| 1997年9月(24才のとき):
再度東京へ アメリカで働いている間に、移民法が改訂となり、Aimeeは、一時日本へ帰国してビザの申請を待たないといけなくなってしまいました。人ごみの多い東京には戻りたくなかったのですが、一応、仕事の目当てがあったので、東京に戻り、ホームぺージ製作関連の会社に入りました。 この頃は、鬱とパニックの症状がひどく、それを緩和するために煙草を吸うようになったのも、この時期です。東京では、アメリカでたくさんもらってきたプロザックを飲んでいました。
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| 1998年3月(25才のとき):
再度アメリカへ、本格的に治療に取り組む 永住権ビザを取得し、再度、アメリカに渡り、元々働いていたソフトウェア会社で働き始めました。 このままアメリカで住むには、どうしてもPTSDを克服しなくてはならない、と思い、本格的にカウンセリングなど、治療に乗り出しました。あらゆる薬、EMDR、トークセラピーなど、治癒につながりそうなものは全部試しました。
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| 1998年9月(25才のとき):
自殺未遂、入院 いろいろな薬や、治療法を試したのに、PTSDの症状には改善がみられませんでした。 鬱がだんだんとひどくなり、とうとう自殺未遂を計ってしまいました。薬をたくさん飲んで、自殺しようとしたのです。 その後、2週間ほど精神病院に入院し、カウンセリング、グループセラピー、アートセラピー、などを行いました。この入院生活ではたくさんの友達ができたし、また、Aimeeにとっては、とても有意義なものでした。 いままでの治療法のなかで、一番有意義だったと言ってもいいでしょう。ちなみに、Aimeeが入院していたのは、アメリカ、テキサス州オースティンの、シャオルクリーク・ホスピタル(Shoal Creek Hospital) です。 近くに居る人は?、試してみてください。
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| 1998年10月(25才のとき):
結婚、テキサスの後シアトルへ引越し その後、結婚してシアトルへ引越しました。結婚相手は、あの、監禁事件にも巻き込まれた人でした。 こちらでも、治療や薬物治療を行っていますが、まだ、パニック、鬱、対人恐怖、離人感などは完治していません。 とりあえず、今の段階では、鬱の症状を緩和するのを最優先とし、(鬱のときは、自殺未遂をしてしまう可能性があるので)、リタリンなどの薬を飲んでいます。
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| 2000年月(27才):
離婚して、まだまだ続くPTSD その後、離婚して、インターネットで知り合った女性と住みはじめました。会社の倒産などを経て、何とか安定した 仕事にもつき、安定していたときにレイプの被害にあってしまいました。でも、離婚のおかげで自殺願望がかなり減ってきた ような気がします。ただ、鬱とパニックは相変わらずですが…。
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| 以上が、Aimeeの犯罪体験経歴と、PTSDの記録です。 自分で書いていて思いましたけれど、ずいぶんと犯罪に縁があるなあ、と。(笑) いろいろな治療法を試してきましたけれど、そのなかでも一番自分にとって効き目があったのが、入院療法でした。入院中、いろいろな患者と接したり、心を分かち合ったりすることで、ずいぶんと救われました。 入院中にいわれたことがあるのですけれど、 「神経症と、糖尿病は全く同じ病気だ。ただ、いかれちゃった場所が違うだけで、ずっと薬をのんでいかないといけないし、仕事に支障が出ることもあるし、具合が悪い日もある。糖尿病患者が、自分の病を認めて、自分の体と相談しながら生きて行かなくてはいけないように、神経症患者も、自分の病気を認めて、自分の心と相談しながら生きて行かなくてはならない。糖尿病患者に、"なまけものだ、食事内容が悪かったから病気になるんだ、なんで会社を休むんだ、なんで薬に頼るんだ"、と怒っても仕方が無いように、神経症患者に、"なまけものだ、心がなまっているから病気になるんだ、なんで普通に働けないんだ、何でささいなことで落ち込むんだ!"、と怒っても仕方がないんだよ。」 この言葉は、Aimeeの神経症観を全く変えてくれました。これを教えてくれた、シャオルクリーク病院のスティーブ医師に、今でも感謝しています。 |
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