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東北紀行

10月13日

【出発】

東北の朝は寒い。旅館では、私たちが泊まる晩から、温泉からあがる熱気を利用した暖房を入れた。そのかいあって、部屋には寒さを逃れてきた虫たち、特にカメムシ(写真)でにぎわった。部屋の畳や網戸に、ふつーにカメムシが止まっているのである。かたっぱしから外に放り出したが、なんとものどかな田舎の風景である。
朝は7時半からご飯が食べられるということだったので、7時10分にアラームをセットしておいたが、起きられなかった。睡眠は十二分にとっているのに…。
7時半頃、織田ちゃんのアラームでようやく目覚め、ぼけーっとしているところへ旅館のおねーさんが起こしにきてくれる。朝飯を食べに、下に下りた。
朝飯はやはり軽めとはいえ、品数が多い。やはり記憶にあるものをあげると、シャケ、温泉卵、味噌汁、漬物、のり、そしてご飯である。まあこれなら、普通に制覇することができる。
朝は時間帯がほかの人と一緒だった。家族できている人が大半のようだったが、彼らはやたら出発が早かった。我々は朝9時に旅館をたった(写真)のだが、そのときにはほとんど旅館に人は残っていなかった。朝9時に博物館が開いて、それまでにそこにたどり着こうと思えば、8時半出発くらいになるのかもしれない。
私は安すぎる宿泊費@\8,500を払い、そのついでに鬼切部の古戦場跡について聞いてみた。旅館のおばちゃんは知らなかったが、おっちゃんはすぐに理解して、その場所を観光地図上で教えてくれた。おばちゃんも去り際に観光地図を一枚くれた。大変うれしい。
鬼頭の旅館元湯、大変お勧めです!

【鬼切部古戦場跡】

鬼頭の温泉地をぐるっと回りこんで下り、旧国道にそって軍沢へ向かう。鬼頭城跡(写真)への道の入り口は、非常にわかりづらく、しかも絶対すれ違いのできない細い道だった。白い車の後ろを、鬼頭城跡に向かう。城跡の看板の隣には、農道と思われる道路(写真下)が走っていたので、そちらを奥まで行ってみたが、やはり何も発見できず入り口まで戻った。古戦場跡は一面ススキ、とにかくススキだらけの地である。ススキの合間に畑が見えるが、こんな交通の不便な地だと、なかなか畑も切り開きづらいに違いない。畑はほんの一部だった。私はススキを見ながら、ここで戦った安部氏と朝廷軍の勇士たちを想像した。
すれちがいができないのでひやひやしながら、私たちはもときた道を引き返した。なんとか国道まで戻ると、今度は中尊寺へ向かった。国道4号線は込み合う恐れがあったので、山道の県道をひた走った。途中、どこを走ったかは私もはっきりはわからない。ただ、途中くりはら田園鉄道に沿って走っていたのは理解した。気づいたら4号線に合流し、中尊寺へ向かっていた。

【中尊寺】

平泉へ近づくと、あからさまに道路が混雑した。前は歩きで分からなかったが、中尊寺の駐車場前で、車両の出入りがあるので道路が大変混雑するのだ。それなら車線を増やせばいいじゃん、と思うのだがそうもいかないのだろう。
第一駐車場がいっぱいだったので、第二駐車場へ向か…わずに旧第二駐車場に勝手に車を停車させた。ええんかなー、と思いつつ、中尊寺(写真)へ。前一度来たことがあったので、それほど感慨はなかった。写真もろくにとらなかったが、織田ちゃんと村田君は中尊寺で満足してくれただろうか。
去り際、織田ちゃんと飯屋のことでけんかする。私はわんこそばの店へさっさと入りたかったのだが、織田ちゃんが客引きのおばちゃんの返答が気に入らなかったのである。私は飯屋を決めずに文句をいう織田ちゃんに対して苛立ち、ついそれを表に出してしまったのだが、結論として中尊寺のわんこそばはあらかじめ盛られたもので、フツーのわんこそばと違っていてみんなでがっかりしたものである。非常に残念だ。

【奥松島】

駐車場で道を検討しつつ(写真)、国道4号線から高速道路にのり、奥松島へ向かうルートを決定する。夕日になってからの奥松島を見たくないということでぶっとばし、1時間半(3時半頃)で奥松島近辺へ到着したが、すでに日は傾いていて、やはり夕日に照らされた奥松島を見ることになった。
その日は、なぜか非常に水面が高かった。波もとにかく高かった(写真)。奥松島の月浜というところに行ったが、岩に打ちつける波は、迫力満点である。堤防周辺へ歩いていったが、そこで織田ちゃんと村田君はかなり潮をかぶってしまったようである。私は安全地帯にいて写真をとったので、波はかぶらなかった。で、私が写真をとっているさまを、写真にとられてしまったようである。実に間抜けな絵である。
続いて室浜へ向かったが、こちらも波が高かった(写真)。後ろを通過する軽トラックが非常に気になったが、しばらくの間波が押し寄せ、そして引いてゆく様を、ぼーっと眺めていた。私はこういった瞬間が非常に好きだったりするのである。だから一人でも、ためらわず旅に出る。だけどこうやって気心知れた仲間と旅に出るのも、結構いいものである。気を使わなくていいから、心置きなくぼーっとできる。
最後に里浜(写真)へ向かい、今にも水が上がってきそうな水面で、謎の微生物(写真下)を発見した。なんだか茶色いものが、ひらひらと泳いでいる。クラゲでもないし、なにかの幼生だろうか。写真にとって、そのまま引き上げることにした。

【下道の強行軍】

高速道路まで下道をひた走り、飯を食って高速にあがって帰る、というのが当初の予定だった。仙石線に沿って国道を走り、仙台の街中に突入した。村田君が仙台の町を見たかったそうな。私はこの辺は起きていたものの、あまり記憶がない。興味がなかったのだろう。
4号線を走って、飯屋を探す。残念ながら旧4号線には、飯屋はなかった。しかしバイパスには多数飯屋があることが判明。途中から引き返しつつ、飯屋を探した。
結局、仙台のすし屋に入ることになった。そこでたんまりすしを食べたが、感想としては東京とさほどは変わらなかった。太平洋の魚だからおいしいはずなのに、うーむ、私の味覚が麻痺しているのかなあ。富山のすしを食ったときのような感動を、またどこかで味わいたいものである。
国道6号線に入り、ひたすら南下する。いわき市で高速道路に入る予定だったが、そのまま下道を突っ走った。私は途中から、記憶がない。記憶がはっきり戻ったのは、東京から100kmくらいのところでパーキングエリアに入っていたことだけである。そこには世にも珍しいNescafeの自販機(写真)があり、思わず写真にとって帰った。
そこから東京に着くまでは私がナビをしたが、道は広くて快適で、曲がり道もなかったので迷わず東京に戻ることができた。精算のために早稲田通りのサンデーサンに入ったのは朝の2時半だった。結局経費は\19,000+食料代で、思ったより安くあげることができた。一人旅もいいけど、仲間同士での旅行もいいな、と思えた東北紀行だった。

【後日談】

実はこの旅行は、彼女には内緒である。何しろ彼女が私の旅行の誘いを断ったとき「でも友達同士で旅行に行ってくるかも」といったときには私が抗議の声をあげてしまったからである。私が友達同士で旅行に行ったとは言いにくい。しかし私の性分からしてすぐにばれるだろうから、やっぱり隠さずに旅行のことを行っておけばよかったと思った。しかし今となってはお土産もなく、さらに言い出しにくい状況になってしまった。
まあ、ばれる日まで、私の胸のうちにこっそり閉まっておこう。

【本日の足取り】


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