Site hosted by Angelfire.com: Build your free website today!

浜松旅行

12月08日

【遠鉄制覇】

朝5時半、起きる。遠州鉄道の始発に乗るためである。
しかし6:08に乗るのに5時半起床は、遅かった。ふつーに間に合わない時間になる。
仕方なく時刻表を開き、次の電車を調べる。すると、始発などの時間が違う。調べ間違えたかと思い、次の電車が48分と確認して、ゆっくり出る。荷物の一部は、オークラ(写真)のフロントに預ける。
しかし私が見ていたのは7時台の電車だった。6時は36分の電車がいってしまうと、次は7時ちょうどまで電車がない。朝飯など買いつつ、時間を過ごす。
新浜松駅(写真)は、結局7時に出発した。遠鉄は単線電化なのだが、すれ違いが面白い。扉が左が開いたり右が開いたりするのは不思議はないのだが、なんと電車がホームの左に停まったり右に停まったり、駅によってまちまちなのである。電車は対向車に対して左側を走るという私の常識からすると、違和感ありありだった。
遠鉄は八幡駅までは高架を走るが、その後地上に降りる。ずっと眺めていて、なかなか家が途切れない。西鹿島まで行けばかなり田舎になるだろうと思っていたのだが、なかなか浜松は大きな都市だと認識できた。
ちなみに上島(かみじま)は、「か」にアクセントがある。これも面白い。

【天浜線】

西鹿島で天竜浜名湖鉄道に乗り換える。乗り継ぎは一分だったが、隣のホームに停まっていたので乗り継ぎは容易であった…のだが、最初それを知らずに一度外に出てしまった。切符を買っていたときは、非常にあせったのだが、なんとか列車に間に合った。
天浜線は遠鉄と打って変わってド田舎を走る鉄道だった。両側が鮮やかな紅葉に彩られた山間を走っているときは、ほんとに利用客がいるのかと心配になったくらいである。何しろ、乗り継いだとき列車に乗っているのは、私のほかに一人しかいなかった。
列車は古めでさびが目立つワンマンカー(写真上)。私は終点まで切符を買ったが、途中から乗る人は前にある料金表を見るらしい。こちらは同じ単線でも電化されておらず、ディーゼルである。しかしなかなか快調に飛ばしてはくれる。
かなり景色のよい山間部を突破すると、浜名湖湖畔に出る(写真)。浜名湖を眺めるためにこの列車に乗ったにもかかわらず、忘れていて一瞬海辺に出たのかと勘違いした。それほど、湖の風景は海のそれと変わらない。
うなぎの養殖のためだろうか、竹の柵のようなものが海面からのぞいており、湖岸には多くのカモとカモメが群がる。海鳥が多くいるのは、豊富なえさがあるからだろう。浜名湖は栄養豊かな(=汚い?)湖に違いない。
浜名湖にはいくらか川が流れ込んでいる。列車で突破した川は、すべて浜名湖に注いでいた。海しか知らない私にとっては、かなり新しい。
その後もしばしば湖岸線に沿って列車は進み、新所原に到着したのは西鹿島を出発して一時間後だった。

【2年ぶりの運転】

新所原ではトヨタレンタカーに遅れる旨の電話をする。その後JR東海道線で浜松へ向かった。 途中、弁天島が本当に島であることを再確認した。弁天島の両側には、確かに湖(海?)がつながっているのである。JRでこのあたりは突破したことはあるが、何しろ最後にとおったのが大学2年の頃だから、当時は弁天島という存在すら認識できていないでいた。ひょっとしたら寝てすごしたかもしれない。
浜松(写真)についたのは朝の9時半頃。当初の予定より30分以上遅れることになった。
浜松駅へ到着すると、すぐに観光案内所へ向かう。そこで自動車でも使えそうな大き目のマップをもらう。市街地の地図ならすぐに手に入るが、そんなものでは竜ヶ岩洞までの道が分からないんである。そのほかパンフをいくらかもらったが、結局この地図しか使わなかった。
アクトシティ地下のマックに入り、作戦を練る。まず竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)へ向かい、ちょっと引き返して龍潭寺(りょうたんじ)へ向かう。そして引き返しながら三方が原古戦場、浜松城、楽器博物館、中田島砂丘へと向かう。20時にレンタカーを返すなら、相当余裕だろうと考える。
アクトシティ前のトヨタレンタカーは、すぐに見つかった。免許証を見せ、ヴィッツ(写真)を借りる。本当はまず車どおりの少ないところで車幅に慣れたかったが、次にレンタカーを借りている人がすぐに出てきそうだったし、交通量の多さもそれを許してくれそうになかった。
運転はおおよそ2年ぶりだというのに、われながら危なげは比較的なかったように思える。最初は自分のうちの車よりアクセルの余裕が大きいところとか、ブレーキが非常によく利くことなどに戸惑ったが、すぐに慣れてしまう。いや最初はむしろ、ミラーをちゃんと見ていない(見る余裕がない)自分に気づいて、かなり愕然とした。まあこれも、すぐに慣れた。
国道257号線を北上する…はずだったが、道を知らない私は2回も道を間違える。電車通りは国道でもなんでもなく、コンコルドの目の前の道が国道152号線、ヤマハの北を斜めによぎる道が国道257号線のバイパス、そして浜松城の南から北西方向に伸びる道が、国道257号線なのである。そんなことも知らず、せっかく257のバイパスに乗っておきながら、右折して国道152号線に入る。途中で気づいて左に曲がり、大きい道にぶつかって今度こそ国道257号線だと思ったらそれは国道257号線のバイパスだった。またしても左に曲がり、今度こそ本当の257号線に乗ったという按配である。
さらに竜ヶ岩洞付近では工事中行き止まりにぶつかるわ、わき道に気づかず1.5kmも行き過ぎるわで、ずいぶん時間がかかってしまった…ように思えるが、意外と時間はたっていなかった。11時前には、竜ヶ岩洞に到着したのである。
車に乗るとき初めての道でナビゲータがいないことに非常に不安を覚えていたのだが、一人で運転してみると何とかなるものである。

【竜ヶ岩洞と龍潭寺】

竜ヶ岩洞前(写真)ではすでにたくさんの人が群れていた。私はそれらの人を無視してチケットを買い、中に入る。
鍾乳洞はこのあたり最大と聞いていて、かなり期待していたのだが、残念、秋芳洞を見た後にくるべきではなかった。人がすれ違うのがやっとの洞窟が続くこの鍾乳洞は、秋芳洞の足元にも及ばないというべきだろう。しかし鍾乳洞としてみるなら、確かに珍しい形の岩が数多く見られた。数多くの観光客に押されるようにして見るのでなければ、もっと面白かっただろうと思える。
竜ヶ岩洞で印象に残ったのは、やはり一番の見せ場、30Mの大滝だろうか。そしていろいろな形の岩が集まる鳳凰の間も、なかなかのものである。狭いけど、確かに見るべきものはあった。
洞窟を出た後、さくっと南下する。途中井伊谷宮にお参りしつつ、龍潭寺(写真)へ。ここは井伊家代々の菩提寺らしい。庭園のみに期待してきてみたのだが、これが井伊家ゆかりの寺かと思うとまた別の味がある。
それにしても井伊家の寺といいつつも、浜松城からははるか距離が離れている。これはどういう意図があったのだろうか…。とか思いつつ、座敷に座って庭園をのんびり眺める。

【浜名湖へ】

ここまで見たところで、まだ12時半になっていなかった。博物館が4時半にしまると知りつつ、浜名湖へ行こうという野望を抱く。
実際、車を運転して佐久米まではいったのである。カモメが多くて感動した個所である。というか、佐久米まで行かないと湖岸近くで車が停められそうな場所がなかった。
佐久米を過ぎたあたりで、湖岸線沿いの駐車場に、勝手に車を停めさせてもらう。そこで車を降り、しばらくぼんやりと湖岸線沿いを泳ぐカモを眺めた。カモとアヒルって違いが分からないよな…と思いつつ。
もっと浜名湖沿いを進みたい衝動を振り切り、時間がないので浜松市外へ引き返す。浜松市外へは県道磐田細江線というのがあって、市街地に一直線に向かうことができるのだが、これが渋滞した。前のトラックが悪いのか、いやそれより車の量が多いのがいけないのか、なぜかとにかくこの日は混んだ。おい、まだ1時だぞ。日曜の昼間ってこんなものか。
車を運転しながらおなかがすいたので、エアーパークへ向かうのを止めて、曳馬のうなぎ屋「曳馬」へ向かった。ここはヤマハの水野さんのお勧めの店で、前水野さんお勧めの「あつみ」がおいしかったことを考えると、間違いはないだろうと思えた。
店内には、私を除いて客はいなかった。何しろ、昼食時はとっくに過ぎた2時前である。しかし、味は間違いなかった。うな丼を食ったのだが、たれが私好みに甘くて、ほっぺたが落ちそうである。「曳馬」は、私の中でかなりお勧めの店にランクインされた。

【エアーパーク】

その後、時間がないのでエアーパークは省略しようかとも思ったが、国立の博物館系ではずれを知らない私としては、そのできのよさだけでも確認しておこうと思ってエアーパークへ向かった。 エアーパークは航空自衛隊の資料館である。車がないとまずはこれない場所にある。だからこそ、行く気にもなったのである。
曳馬からは大き目の県道をまっすぐに西に向かい、途中で北上したらよかったのだが、ここでも渋滞した。距離的には10分もあればいける距離だったのに、遅々として進まず、しかも入り口が分からなくてぐるっと1週してしまったので、到着したのは3時前だった。
まず建物が、ほかを威圧するごとく、でかい。そして展示物も、民営の博物館など比較にならない豪華さである。来てみるもんだ、と思いつつ、軽く見て回る。
じっくり見れば半日は軽く過ごせるだろう。軍事マニアには、あえて名前を挙げるなら私の友人の天野氏とか西田氏とかなら、かなり楽しめる場所だろう。しかし私は一般人だった。何しろ自衛隊の暮らし振りとかメカっぷりとかに興味がない。まさにかる〜く見て流し、国立の博物館の立派さに満足しつつ外に出た。
それにしてもこの日はどこに行っても観光客が多かった。日曜日なんて、こんなものか。
このあたりから、午前中は曇りで何とかしのいできた天気が、崩れ始める。

【徳川と武田の戦いをめぐる】

急いで257をくだり、犀ヶ崖資料館へ。三方が原の合戦の資料があると聞いて勇んできたのだが、実際にそのビデオを見ると、本当に来てよかったと思った。資料館自体は無料であることが示すように、展示物は少なかった。しかしここが昔戦場であったという事実だけで満足できてしまうのだから、われながら安上がりである。
最初私が一人で資料を眺めていたときは管理人さんは何も言わず、団体さんが来て初めてビデオを見せたところに、不公平を感じたが、先を急ぐのでよいことにした。
そのまま257をくだり、浜松城(写真)へ。滑り込んだのは16時を回っていた。そこで腰をおろして、1Fでビデオを見る。三方が原の合戦の詳細、出世城の由来などを解説してくれるビデオで、それを見ただけでもここへ来てよかったと思える。展示品も主に戦国時代を解説したもので、私の望みどおりのものが、ようやく見ることができた。
ビデオを見ている間に、16時半がすぎて入り口が閉められてしまう。これ以降入場不可ということだろうが、なんだか居心地が悪くなって2F,3Fの資料はそそくさと見て回った。外に出ると、中にいたのはたった30分だというのに、急激にあたりが暗くなっていた。鎧がけの松も探してみたかったが、これ以上暗くなって砂丘で何も見えなくなるのもいやだったので、急いでその場を離れた。

【暗闇の中田島砂丘】

中田島砂丘(写真)へは、ひたすら電車通りを南下すればよい。しかし市街地は相変わらず混雑していて、とりあえず駅を突破して南下するまでに、時間がかかった。駅を突破する頃には、ライトを大きくしなければいけないくらいの暗さになる。
雨の日の夜の運転はあまり好きではない。ライトで光って、中央線が見えなくなってしまう。しかも温度も下がってきたようで、窓が曇って前が見えにくい。途中自転車が現れたときは、非常に警戒したものである。
中田島は、その名の通り、島である。途中、海を渡る橋を渡る。中田島砂丘の駐車場に到着したのは、17時10分だった。あたりはすでに、真っ暗である。さすが、冬至が近いだけはある。そして駐車場は、17時が過ぎるとゲートが降りて中に入れてくれなかった(写真)。
道端に止めてやろうと思ってそのまま道路を進む。しかしまっすぐな一本道はわき道すら見つからず、なんとそのまま海を渡ってしまう。海の向こうにようやく駐車場らしきものが見つかり、そこにとめて歩いていこうかとも思ったが、遠すぎるのでやめた。
引き返し、反対側に場所がないか、探す。しかしやはりいい場所が見つからない。 結局駐車場の出口とも思える個所に、車を横付けにすることにした(写真)。いわゆる路上駐車というやつだが、この際仕方あるまい。
中田島砂丘へ。暗くて何も見えない。砂丘の向こうには海が広がっているはずなのだが、これだけ暗くて足元も見えないと、ただ不気味なだけである。いってうまく帰ってこれる自信もなかったので、無念だが諦めて、そのまま引き返すことにした。

【墓地となった三方が原古戦場後】

車を返すまで後2時間ある。私は三方が原墓園で古戦場跡を確認することにした。 とりあえず目標として、電車通りを制覇することにした。いつもはヤマハまでの太い道しか見ていなかったが、ヤマハから少し北上するとすぐに片側2車線は片側1車線に減少する。そして曳馬を過ぎると、ついに中央線すらいいかげんな狭い道に変わった。こういうところは、小型のヴィッツだと重宝するんである。細い道を通り抜け、最後には上島(「か」にアクセントがある。)で国道152号線に合流する。そこで私は、浜松でははじめて、吉野屋と松屋を発見した。なるほど、駐車場を広めに取った郊外型の店舗である。石川さんが言っていたのはこのことだったのか…と思いつつ、中に入って並を食う。
そこから北上して、途中から左折して県道65号線(国道257号線バイパス)へ。そこでJoyful(写真)を発見してしまう。無意味に、もう一度夕食を取る。軽めにとったとはいえ、食いすぎだって。
7時頃Joyfulを発ち、7時半頃三方が原墓園に到着した。が、駐車場の入り口を思わず通り過ぎ、反転するためコンビニで無意味な買い物をしてしまった。
三方が原墓園に入って、とりあえず途方にくれた。三方が原墓園は、とにかく広い。しかも夜なので、結構不気味である。園内案内図にも三方が原古戦場については載っていないようだ。
諦めかけたそのとき、駐車場の端に三方が原古戦場を示す石碑(写真)を発見した。武田と徳川の武者たちがここで戦ったのか…と一瞬の間、心は中世をさまよった。
しかしゆっくりしている暇はなかった。何しろ、8時にレンタカーの営業所が閉まってしまうのである。道が混雑している恐れもある。私はヴィッツに飛び乗って、比較的道が広い257号線バイパスをとおって南下した。

【旅の終わり】

途中、ガソリンスタンドへ寄った。しかしそこで請求された額は800円程度。村田君と旅行したときは結構頻繁に給油した記憶があるので、びっくりした。さすがヴィッツ。燃費が非常によい。 コンコルド付近には、7時50分過ぎに到着した。そこで素直にトヨタレンタカーへ向かえばいいのに、私は酒を買いに二俣街道のコンビニに向かった。おかげで、トヨタレンタカーへ向かう途中、電話で催促まで受けてしまった。営業所の人とすれば残業するか否かがかかってくるわけで、当然だったろう。
道をまちがえつつもトヨタレンタカー元城営業所(写真)へたどりついたのは、午後8時ちょうどくらいだった。お店の人も待ち構えていて、私が外に出るとカギと書類を受け取り、さっさと私を追い払ってしまった。傷のチェックとかえーんか、とも思ったが、彼らもさっさと帰りたかったのだろう。それに夜で暗くてよく見えないというのもある。
私はトヨタレンタカーを離れて陸橋を渡り、私としては夜一番早い、8時過ぎにコンコルドにチェックインした。
ホテルではその日使った金額をチェックし、エスカフローネを途中まで見たが、眠くなって途中で寝てしまった。

【本日の足取り】


旅行記INDEXへ