Site hosted by Angelfire.com: Build your free website today!

遠距離恋愛は、なぜうまくいかない?

 遠距離恋愛という言葉が使われ始めたのはいつぐらいだろうか。正確にはわからないが、それほど長い間使われているような気がしない。おそらく恋愛ドラマで取り上げられたのが、遠距離恋愛という言葉の普及を促したのではないかと推測する。
 それにしても最近、遠距離恋愛といえば脆く、失敗するものという印象が拭えない。実際、私の周りではいくつもの遠距離恋愛が破局するか、どちらかが浮気をするという構図が当たり前になってきている。ある二人が出会い、恋人関係を形成する。そして、理由は様々であろうが、不幸にも二人が離れて生活しなければならない。これが遠距離恋愛の一般形であろう。ここで注目すべきことは、この変化(二人の距離が近距離から遠距離になること)により、お互い相手に何を求め、何を満たしていたのかという命題に正面から向き合うことになることであろう。近距離恋愛が遠距離恋愛になることにより、制限されなければならないことがあるからである。よってこれを切り口に現代の性愛関係の一側面を垣間見ることができる。
 "地球環境と倫理学"によると現代社会における愛の特徴の一つは、愛の中でも性の占める割合が異常に大きくなっていること。とある。愛とはないか、という問題は非常に難しい問題であり一口に言えないので、ひとまず置いておくとしよう。しかし、少なくとも性の占める役割が大きくなっていることは実感として感じることができる。わかりやすく言うと、「好きになった、体を求めた。」「好きになった、体を許した。」ということである。最近三浦綾子さんの作品をたくさん読んだが、そのなかで恋愛と性のことに触れられていた。また、昨今性に関する問題がたくさん出てきているが、そのような中で社会学者・心理学者・宗教学者などにより、性と人格の問題についてさまざまな議論がなされている。私見だが、恋愛の問題に比べれば性の問題は以外と簡単であるような気がする。上野千鶴子氏の言葉がわかりやすいであろう。セックスがこんなにお手軽に手にはいるようになったいま、わたしたちが飢えているのはカネでも肉体でも贖えない「恋愛」だけである。
 さて話を元に戻そう。前に近距離恋愛が遠距離恋愛になることにより制限されなければないないことあると書いたが、そのうちの一つとして性交渉をあげることができる。遠距離になれば、性交渉の機会がなくなるのである。その時何が起こるのか?沢山の遠距離恋愛の実例が示している。"やっぱり、だめだったの?"が決まり言葉だ。
 遠距離恋愛になることによって失われることは、他にもたくさんある。ここではその内の一つだけに焦点を絞った。ここまで来ると自然と次のような問いが思いつく。"近距離恋愛でも遠距離恋愛でも変わらないものは何か?"である。おぼろげながらわかっていてもなかなか答えが見つからないこととは、このようなことかもしれない。あるいはそこには本当に何もないのか?と遠距離恋愛に失敗してしまった人たちに問いたい。