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宮沢賢治を読む


 小学校1、2年の時テレビで宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を見たことがあります。登場人物が猫であることに驚きましたが、なんかそれも妙にマッチしているような気がしました。一説によると宮沢賢治は猫が嫌いだったらしく、登場人物を猫にすることで多少の議論があったそうです。このとき特別感動したわけではありませんでしたが、小・中学生時代に2回も読書感想文を書いたということは、このアニメから何らかの影響を受けたのは確かだと思います。
 あまり知られていませんが宮沢賢治の作品で、「学者アラムハラドの見た着物」というものがあります。私が読書感想文を書いてから10年ぐらいたって市立図書館で宮沢賢治全集を見ているときに目に留まったものです。この作品は殆どの原稿が失われているため、ストーリーは殆どありませんが宮沢賢治の考えをわかりやすく理解できます。1999年にアメリカへ行ったときも、この作品のコピーをとって持っていったのを思いだします。
 「学者アラムハラドの見た着物」のなかに次のような一節があります。「人が歩くことよりも言ふことよりももっとしないでゐられないのはいゝことです。」「人はほんたうのいゝことが何だかを考へないでゐられないと思ひます。」また「銀河鉄道の夜」には次のようにあります。「なにがしあはせかわからないです。」「けれどもほんたうのさいはひは一体何だろう。」
 宮沢賢治はこの問いに対する答えを求め続けたのだと思います。「人はまことを求める。真理を求める。ほんたうの道を求めるのだ。人が道を求めないでゐられないことはちゃうど鳥の飛ばないでゐられないとおんなじだ。おまえたちはよくおぼえていなければいけない。人は善を愛し道を求めないでゐられない。それが人の性質だ。」