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フィールド授業

よこはまの川(いたち川)を探検する

 東工大で開講されている授業、哲学概論第一では、「環境の哲学」という教科書を用い、環境と社会、人間の関わりを学んでいる。現在、教壇に立っている教授は、子供時代に近くの山や川で遊んだ経験を持っている。当時、子供の遊び場所といえば、山や川であることが当たり前であった。そのような時代に育った教授が、大学の教壇に立ち、環境についての講義を行っている。
 一方、講義を聴いているのは、大学入学したての18、19歳の学生である。彼らが生まれたのは、高度成長という言葉がすでに使い古された、1980年代初頭である。彼らの多くは、大都市近郊の自然を切り開いて造成された住宅地に住んでいる。このことは、現在の大学生の多くが、自然とふれあう機会の少ない環境で育ったことを示している。 近年、公共の福祉のためになされるはずである公共工事をめぐり、さまざまな問題が各地で引き起こされている。今の大学生達は、近い将来、このような問題に立ち向かっていくことになる。そして、彼らが現在引き起こされているような問題に対処するためには、問題の本質を理解する必要がある。それでは、環境に関わる問題の本質を理解するために、必要なこととは何であろうか。
 人々の環境に対する関心が高まってくるにつれて、大学の授業の中に「環境」に関するものが多くみられるようになってきた。そこでは、さまざまな環境問題が扱われている。しかし、環境問題の根底にある世界観や人間観を見つめるためには、単に大学で講義を聴いたり、本を読んだりするだけでは不十分である。実際に自然環境の中に自分の身を置き、体験することを通じてのみ得られることも多い。
 このようないきさつから、フィールド授業のアイデアが生まれた。フィールドは、横浜市のいたち川。いたち川では1982年より、3面コンクリート張りの河川であったものを、自然豊かな川へと復元する工事が行われている。自然豊かな川をつくる工法は、多自然型川づくりと呼ばれているが、いたち川は多自然型川づくりの先駆けである。そこでは人間が自然環境に親しむことができるため、フィールド授業の場所としては最適である。

 2001年6月16日、JR本郷台駅。河川コンサルタントの吉村伸一氏と淡水魚類研究者の君塚芳輝氏を講師に迎えた。吉村氏はいたち川の河川改修計画・設計者であり、いたち川における多自然型川づくりについて、説明を行っていただくことになっている。一方、君塚氏には魚取りの極意や魚の生態などについて教えていただける。参加したのは大人8人、そして、哲学概論第一での告知を聞いて参加した学部生が1人であった。哲学概論第一の授業には200人近くの学生が出席しており、そのうち今回のフィールド授業に参加したのがたった1人であったことは、学生達が自然環境に対してどのような姿勢でいるのかを考えたとき、憂慮すべきことである。
 本郷台駅からいたち川へ向かった一行が始めに見たのは、橋の下に集まるたくさんのコイである。このあたりは多自然型川づくりによって、川の豊かな自然が復元され、階段を通って河原まで人が降りられるようになっている。コイは20年ぐらい前に放流されたものである。付近の住民の中には、子供を連れてコイにえさをあげる人も多く、その結果としてたくさんのコイが泳ぐ川となっている。
 ここで、いたち川の河川改修について、吉村さんより説明があった。いたち川は過去の河川事業の結果、3面コンクリート張りになっている。川底は平らに仕上げられているため、平常時の水深はより浅くなり、均一な流れとなっている。その結果、本来河川が持っているはずの多様な流れが失われ、河川植生も失われてしまった。このような状態を受けて、多自然型川づくりに基づいた河川改修では、次の2点を目標とした。河川植生の復元すること、および流水の多様性を取り戻すことである。
 いたち川で施工された低水路整備は、平板化した河床の一部を掘り下げることにより平常時の水深を確保することを目的とした。平常時の水深が確保されれば、河川植生の復元が期待できる。低水路から掘削された土は、低水路の両側に盛り土した。このことは、コンクリートや石によるのではなく、土によって河原をつくることを意味している。
 河原を土にすると、流水によりその土が流されてしまうという問題を生みだしてしまう。そのため土の流出を防ぐ工法が必要とされるわけであるが、ここで考えられたのが植物を用いる植生工法である。植物は土中に深く根を張るため、洪水時の土の流出を防ぐことができる。このように、植生工法では植物自体が生態系の復元と河原の安定性確保の役割を担う。
 現在のいたち川は、多自然型川づくりに基づいた河川改修によって(写真の様に)豊かな自然が復元されている。このあたりで投網を打ったところ、ヨシノボリ・オイカワ・手長エビが捕れた。たくさんの魚が捕れることから、いたち川の豊かな自然が復元された効果を感じることができる。また、いたち川は、相模湾に注ぐ境川の二次河川である。海から遡上してきた魚を目にするとき、海域まで続く河川空間の広がりを実感することができる。
 河川改修の説明を聞いた後、一行はさらに上流へ向かった。上流には、河川空間のかなり広い地域にわたり自然が残されている場所がある。ここは、魚取りをするには絶好の場所といえる。流れが緩やかで、水深は深いところで60cmしかない。両岸の水際には植物が繁茂し、魚に格好の隠れ場所を提供している。一行が到着したときには、既に何人かの子供達が魚取りをしていた。
 ここで、淡水魚類研究者の君塚芳輝氏に、魚の取り方についてレクチャーしていただいた。コツは下流側に手網を固定しておき、そこへ水際の植物や石の陰に隠れている魚を追い込むことである。大人も子供も一緒になって魚取りに夢中になった。このように、川では世代を越えて一つの体験を共有することができる。

 休憩を取った後は、さらに上流へ移動した。もうそろそろ、日が沈む頃である。日が沈んだ後、上流ではホタルが見られる。今回フィールド授業に参加した唯一の学部生は、今までホタルを見たことが無いという。このことは、普段の生活とホタルとの隔たりを示している。今大学生である世代にとって、ホタルを見るということは、非日常的な体験となっている。
 ホタルを見ることができるところまで到着すると、既にたくさんの人々が来ていた。彼らは懐中電灯のスイッチを入れたり、がやがや話しをしたりしている。音を発することもなく、静かに明滅しながら、ゆっくりと飛ぶホタルとは、全く対照的である。  ほぼ日が沈んだ頃、小さな光をともしたホタルがゆっくりと舞う。日本における代表的なホタルは、ゲンジボタルとヘイケボタルである。ともに幼虫が水生であるため、河川近くに生息している。特に、ゲンジボタルの幼虫は、きれいな流れの近くでのみ見受けられる。そのため、ホタルがいることは、その川が清流であることの証明となっている。たくさんの人が、このようなきれいな川にホタルを見るために訪れることは、日常生活の中で失われている自然との関わりを取り戻すためであろう。

 河川空間は山間部の上流から、海まで続いている。その中には、人々の生活、魚やホタルをはじめとする動植物などさまざまなものが含まれている。これは、実際に河川に出向いていったときに、実際に目にすることができる。また、河川空間では異なる世代間で一つの経験を共有することができる。今回のフィールド授業では、以上のような教室の中だけでは、経験することができない、自然との関わりを実感することができた。