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パリ症候群

1.はじめに

 はじめに、多文化共生社会論を履修し、「パリに病む日本人」というテーマに取り組むことになった背景、問題意識について説明する。

 今年に入り、新しい歴史教科書をつくる会(以下、つくる会)により「新しい歴史教科書」(扶桑社)が発売された。つくる会のメンバーはいわゆる保守論壇に属する人々であり、「新しい歴史教科書」は、太平洋戦争による結果すべてを否定するのではなく、肯定すべき側面もあったと主張するなど、従来とは異なる歴史解釈に基づくものである。「新しい歴史教科書」をめぐる一連の議論は、さまざまな問題を提起した。注目すべき問題の一つは、個人が持つ歴史認識はどのような影響力を持っているのか、ということである。各人が他の国に対するイメージを形成する際、歴史認識は大きな役割を果たす。その結果、どのような影響がもたらされるのであろうか。

 また、自らがアメリカに留学していた時の経験より、移動に伴うストレスについて興味を惹かれたことがある。私が留学していたのは、アメリカ合衆国テネシー州の大学である。幸運にも、私の知り合いの中には、授業で出てきたような深刻なレベルの精神的トラブルに陥った人はいなかった。しかし、私の実感では、国内の大学生よりも海外留学している日本人大学生の方が、普段の生活の中でより大きなストレスを抱えていたような気がする。それでは、その違いはどこに由来するのか、という疑問が沸いてきた。

以上述べたような問題意識が、多文化共生社会論という授業を履修することになった背景である。

このレポートでは、授業で発表したテーマ「パリに病む日本人」に関して、授業中の議論などを踏まえまとめる。その後で、パリに滞在する日本人の精神的・心理的トラブルについての分析を試み、対応策について考察する。

 

2.パリに病む日本人

パリに病む日本人

 日本から海外へ渡航する人の渡航先は、北米・アジア・ヨーロッパの3つの地域で全体の9割を占める。海外へ渡航する日本人の滞在先の割合は、北米:アジア:ヨーロッパ=4:4:1となっている。次に、海外へ渡航する日本人の精神的・心理的トラブルの発生数の比は、北米:アジア:ヨーロッパ=1:1:1である。以上二つのデータから、ヨーロッパへ渡航した日本人がなんらかの精神的・心理的トラブルを抱えてしまう確率は他の地域の4倍にも達することが分かる。

 フランスの首都パリは、西ヨーロッパの中心に位置するため交通の要所となっている。そのため、ヨーロッパを訪れる日本人渡航者の実に8割がパリを渡航先にあげている。以上をまとめると、パリは日本人渡航者の精神的・心理的トラブルの最多発地区ということができる。

現在、パリへの渡航者は、旅行者が年間約100万人、滞在者は3万人にものぼっている。

なぜパリに多発するのか

 精神科医の太田博昭氏は、日本人の精神的・心理的トラブルがパリで多発する要因を次の5つであると分析している。

@ パリは交通の要所であるため、日本人渡航者が集中しやすい

A フランス社会の側に精神的・心理的トラブルを引き起こすような要因がある

B フランス的コミュニケーションが心理的攪乱要因になる

C フランス人のメンタリティに振り回される

D もともとトラブル化しやすい傾向のある日本人が多くパリへ渡航する

@はパリの地理的条件である。フランスの首都パリは、西ヨーロッパの中心に位置するため交通の要所となっている。このことは、ヨーロッパを訪れる日本人のうち、パリを訪れる人の割合が高くなることを意味している。実際、ヨーロッパを訪れる日本人の8割がパリを渡航先にあげている。統計学的に表現すると、母集団が大きいと言うことができる。母集団が大きければ、精神的・心理的トラブルを引き起こす日本人の絶対数が大きくなることは明らかである。

 A〜Cはフランス社会・フランス人の持つ習慣、また個々のフランス人の持つメンタリティに関する要因である。Aは、日本からフランスへ出向する日本人就労者に多く引き起こされる精神的・心理的トラブルの原因となるものである。彼ら、日本人就労者は、企業内において、日本型システムとフランス型システムの違いの間で苦しむことがある。フランス型システムは日本型に比べ、非効率・不親切なシステムである。日本人就労者は、日本で働いていたときに比べ、期待するような効率を上げることができないことが引き金になり、精神的・心理的トラブルを引き起こしてしまうのである。

 Bはフランス人のコミュニケーションに関する要因である。フランス人は、世界一議論好きな国民であるという。普段の会話からして、議論説得型のコミュニケーション形態をとっており、非常に攻撃的である。日本人のコミュニケーションは、議論説得型ではないため、慣れないフランス型の攻撃的コミュニケーションを続けるうち、精神的に疲労してしまう。精神的疲労が積み重なった末に、深刻な精神的・心理的トラブルに陥ってしまう。

 Cはフランス人のメンタリティに関するものである。フランス人のメンタリティとして特徴的なのは、気分の変動が激しく持続性がないことである。フランス人は、陽気なイタリア人、冷たいイギリス人、頑固なドイツ人という異なる3種類の性格を併せ持ち、その間を絶えず動いているという。まじめな日本人は、コミュニケーションしている相手のことを気遣う性質がある。このようにまじめな日本人が、気分の変動の激しいフランス人とつき合うことにより、精神的に疲労してしまい、精神的・心理的トラブルを発症してしまう。

Dの現象は、精神科医の太田氏によりパリ症候群と名付けられている現象である。パリ症候群は、その名の通り、パリ固有の現象である。そのため、パリにおいて精神的・心理的トラブルを引き起こす日本人が、他の地域に比べて非常に多くなっている要因である。太田氏の調査によると、1985〜1996年までの11年の間に、パリ症候群にかかった日本人は234人にも達する。これは、精神的・心理的トラブルの発生総数623件中38%に相当している。パリ症候群ついては、次節で詳しく論じる。

 

3.パリ症候群

パリ症候群の定義

 精神科医の太田博昭氏は1985年〜1996年までの11年間にわたり、パリの日本人滞在者の精神保健対策に携わり、多くの症例を扱った。その結果、ある特徴的な共通点を持つ症状が多数見受けられた。それをパリ症候群と名付けた。太田氏はパリ症候群の定義を次のように定めた。「渡航の動機や目的は一見了解可能にみえる。しかし内実は日常環境に問題を抱えた自己からの逃避的な渡航に近い。パリを極端に理想化し自己実現の場のごとく見なすが、コミュニケーション力が低く問題解決能力が乏しい。ある期間は渡航目的に沿って生活するが、幻覚・妄想に陥って事例化する。

 パリ症候群の定義の中で注目すべきは、下線を引いた二カ所である。パリ症候群の患者はさまざまな渡航目的をあげるが、渡航の本当の目的は日本からの逃避である。逃避が本来の目的であり、表向きの渡航目的はいわば虚構である。そのため、パリに着いた後、しばらくの間は表向きの渡航目的に沿って生活するが、やがて渡航目的と実際の生活の間の矛盾が、精神的・心理的トラブルを引き起こす。

 また、渡航目的を形成する際に重要なパリに対するイメージにも注目する必要がある。パリを極端に理想化しているため、表向きに掲げた渡航目的が、現実と大きくかけ離れてしまうのである。現実と大きくかけ離れた目的に添って生活を始めると、やがて目的と現実との乖離が精神的・心理的トラブルを引き起こしてしまうことになる。

なぜ、彼らはパリを極端に理想化したのか

 パリ症候群になってしまった日本人は、パリを極端に理想化したイメージを持っている。では、なぜ彼らはパリを極端に理想化してしまったのか。以下では、パリ症候群の構造について考察するために、この問いに対する答えをいくつか提案する。

 まず、パリそのものが持つ歴史と現在の姿である。パリは非常の多くの芸術家を輩出しており、芸術の都と呼ばれてきている。現在でも、世界中から画家・芸術家が集まって来ている。芸術という言葉から、理想的なイメージを抱きやすいのは、当然であろう。

 また、大正デモクラシーから昭和初期にかけて、多くの作家、芸術家がパリへ留学した。彼らの中には、帰国後留学経験などを題材にした著作を残した人もいるが、パリのプラスイメージばかりを書き記した。その結果、後世それらの著作を読んだ日本人は、花の都パリという理想的なイメージを持つようになってしまったのである。

 日本特有の要因としては、次のようなものがある。「星の王子様」、「ベルサイユのバラ」といったフィクションの影響である。これらの物語、漫画はフィクションであるため、当然現実とは大きくかけ離れている。そして、いずれの作品も読者や視聴者にプラスのイメージを抱かせるものである。加えて、最近では旅行会社がパリを極端に理想化することがある。旅行会社は、非日常をサービスとして提供するのが仕事である。より多くの人の旅行に参加してほしいならば、旅行先を極端に理想化したイメージを顧客に植え付けることが必要になってくる。このように、日本の社会の側に、パリを極端に理想化する構造が出来上がってしまっているのである。

 最後に、日本とフランスの相互の歴史に関して注目する必要がある。日本とフランスは、両国の距離が相当離れているため、近代に入るまで直接的なつながりがほとんどなかった。そして、第2次世界大戦においては、フランスが1940年という比較的早い時期にドイツに降伏してしまったため、日本とフランスが直接戦火を交えることはなかった。このように、日本とフランスの関係が歴史的にも希薄であったために、フランスという国に対して悪いイメージを抱く契機がなかったのである。このことは、日本人がパリを理想化する際に歴史的事実が障壁とならなかったことを示唆している。

 以上のように、パリの歴史的位置、日本社会の構造、日本とフランスの歴史的関係などが、パリを理想化するように働いていることが分かる。

適応関連要因

 パリ症候群になってしまう日本人の適応関連要因をあげると、次の3つにまとめられる。

@ 極端に理想化されたパリのイメージ

A フランス社会やフランス人の側がもつトラブルになりやすい要因

B 逃避したくなるような日本の社会

 

対応策の提案

 パリ症候群に対する対応策としては、先に挙げた3つの適応関連要因それぞれに対応するもの、および、対処療法として精神的・心理的トラブルを抱えてしまった人に対する医療システムの整備を加え4つあげることができる。以下に、4つの対応策を提案する。

@ 「極端に理想化されたパリのイメージ」を捨て、現実のパリについてよく理解する

A 「フランス社会やフランス人の側がもつトラブルになりやすい要因」の解消

B 「逃避したくなるような日本の社会」の脱構築

C フランス・パリ地区における精神保健医療対策システムの整備

 @〜Bの対応策は、いわば発生源対策である。@はパリ症候群になってしまう人が抱いている、極端に理想化されたパリのイメージに関するものである。彼らが、より現実に近いパリのイメージを抱くことができれば、非現実的な目的をもって渡航してくることはなくなる。具体的には、フィクションや他人の体験、また旅行会社から発信される情報は、パリの一部を表しているのにすぎないという事実を各人が認識することである。ここでは、教育が大きな役割を果たすと思われる。異なる言語の習得だけでなく、異なる文化に対する理解をすすめるような教育をする必要がある。可能であれば、「多文化体験」のような実際に異なる文化を体験することにより、多文化理解を促進する教育を行うことができれば、より効果的であろう。そもそも、文化とは体験することによらなければ、深い理解は得られないからである。加えて、現代のようにさまざまな情報が大量に流通するような社会では、情報教育を行う必要もある。情報を得る能力、また、情報の質について見極める能力を育むような教育が必要である。このような教育を施せば、現実のパリをよく理解することができる。

 Aはフランス社会やフランス人の抱える文化の問題であるため、解消は困難である。可能なことは、日本の文化や習慣について、フランス人がより深い理解を示してもらえるように、努力することである。フランス社会やフランス人が、トラブルになりやすい要因を持っているとしても、トラブルは双方の文化の間で起こるような場合においては、より深く相手方の文化を理解することにより、トラブルの発生を抑えることができる。

 Bは、パリ症候群になってしまう人の本当の動機が、「日常環境に問題を抱えた自己からの逃避であること」を考慮すると、真の発生源対策といえる。逃避そのものを無くすことは、日本の社会システム全体に及ぶ問題なので、解決することは簡単ではない。第二次世界大戦後、日本はアメリカ型の民主主義を軸に社会システムを構築した。アメリカ型の民主主義の思想的基盤をたどれば、英国自由主義にまで遡ることができる。そして、日本は、順調な経済発展を成し遂げたこともあり、現在ではさまざまな選択に対して自由に自己決定をすることができる社会となっている。しかし、自由な試行錯誤が可能になったことは、同時に、試行錯誤の結果に対する対応を考えなければいけなくなったことを意味する。試行錯誤の結果、成功した場合に関しては、特に論じる必要はないだろう。問題は、試行錯誤の結果、失敗してしまった場合である。不幸にも、日本の社会システムは、失敗を受け止めるような受け皿を十分に用意してこなかったのではないだろうか。その結果が、「日常環境に問題を抱えた自己からの逃避」へとつながっていると考えられる。

 太田博昭氏「パリ症候群」に多数記録されている症例を見ると、次のようなことが分かる。精神的・心理的トラブルを抱えてしまった患者の家族が抱える、精神医療に対する否定的イメージである。パリから日本に帰国した後、患者が精神科等で治療を受けることに対して、家族がちゃんと精神科へ通院させないケースが多いのである。精神医療に対するこのような否定的姿勢は、未だに日本人多くによって抱かれている。精神医療に対する否定的イメージは、試行錯誤による失敗を受け入れない姿勢と見ることができる。このような意識を変革し、日本の中で失敗を受け止められるようにすれば、日本からの逃避を減らすことができる。

Cは、精神科医太田博昭氏により、彼の著作や論文の中で、再三主張されていることである。この提案は、典型的な対処療法であり、トラブルが起こってしまった患者を治療する機関を整備することである。太田氏はパリにおいて、対策システムを確立したが、現在では個人的に運用しているにすぎない。それゆえ、制度的なシステムを確立するため、人的・経済的援助が必要である。

 対応策を講じる際、難しい課題がある。対応策の効果をどう評価するかという課題である。Cのような対処療法は、コストや労力が高くつく反面、その対応策の効果を評価することが容易である。一方、発生源対策の方は、対応策の効果の評価が困難であるため、費用対効果を見積もることができない。しかし、だからといって発生源対策を怠るべきではない。@〜Bのような対応策は、パリに病む日本人の数を減らすことのみならず、日本人が国際社会の中で生きていく際に、多くの利益をもたらしてくれる。マクロな視点から見れば、発生源対策のもたらす利益はきわめて大きいのである。

 

4.最後に

 金子氏は、7月6日の発表で、国内・国際移動の比較を行い、その分析に基づき移動に伴うストレスについて理論的に考察した。その中で、環境の変化がストレスの要因になると述べられていた。しかし、環境の変化そのものがストレッサーとなる、ということは自明ではない。例えば、人間が全く環境の変化のない状況に置かれたらどうなるのであろうか。もし変化しない環境が、人間にとって非常に心地よいものであったなら、彼はストレスを感じることなく生きていくであろう。ところが一方、変化しない環境が、彼にとって苦痛を与えるようなものであったらどうであろうか。おそらく、彼は変化しない環境に対して、ストレスを抱くであろう。日本から海外へ移住する人々が、「日本よりこちらの方が住みやすい」と言うことは、別段珍しいことでもない。また、近年海外旅行に出かける日本人の数が非常に多いことにも、注目すべきである。海外旅行に出かける日本人が期待しているのは、非日常という異なる環境ではないだろうか。彼らは、環境の変化をストレスとは感じていない。むしろ、快いと感じているのである。このように、環境の変化そのものがストレッサーとなるという説は成り立たない。

 それでは、環境の変化そのものがストレッサーではないとすると、環境の変化に伴うストレスの原因はどこに求めればよいのであろうか。この問いに対する答えとして、次の二つが考えられる。変化前後それぞれの環境が持っている条件、および環境の条件に対する個人の主観である。

 本レポートでは、移動に伴うソーシャルストレスの原因を、変化前後それぞれの環境が持っている条件、および環境の条件に対する個人の主観とした上で、パリに病む日本人の精神的・心理的トラブルについて考察した。このような視点は、移動に伴うソーシャルストレスに関する他の事例を研究する際にも、必要とされるものである。ここで、環境の条件はその環境を支える社会によって整えられているとすると、移動に伴うソーシャルストレスは社会と個人という二つの要素に関わる問題であることが分かる。このことは、社会と個人、両方が、多文化共生という視点を取り入れていかなければ、現在のような国際社会を運営していくことはできないということを示している。

5.参考文献
・太田博昭:パリ症候群.トラベルジャーナル (1991)
・太田博昭:海外渡航者のメンタルヘルスとその対策−フランス・パリ地区における11年間の臨床統計.精神系誌 98:657-666 (1996)
・植本雅治他:パリ地区における邦人の精神障害−”病的旅”および放浪について.精神医学 25:597-605 (1983)
・ニック・ヤップ他:フランス人のまっかなホント.マクミランランゲージハウス(1999)
・松下正明:臨床精神医学講座 第23巻・多文化間精神医学.中山書店 (1998)
・西尾幹二他:新しい歴史教科書.扶桑社 (2001)