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日本の水資源事情

 

日本の水資源の特徴

 日本列島は、世界でも有数の多雨地域であるアジア・モンスーン地帯に位置している。冬季は北西風、夏季には南東風が卓越し、多量の雨を日本にもたらしている。かつて日本は山紫水明の国と呼ばれていたが、この言葉は日本がきれいな水に恵まれた国であることを表している。

日本の降水量の昭和41年から平成7年までの平均値は1,714mm/年である。一方、世界の降水量の平均値は973mm/年であり、これらの数値から日本が雨の多い国であることが分かる。しかし、日本は世界平均と比較して人口密度が大きいため、1人あたりの水資源賦存量は3,353m3/年・人にとどまっており、世界の平均水資源賦存量7,112m3/年・人の半分以下である。

 また、水資源について論じる際には、水循環のあり方に大きな影響を与える地形特性をも、考慮しなければならない。日本列島は細長い形をしており、その長さは2,000kmに達する。一方、その幅は広いところでも300km程度に過ぎない。そして、内陸部には急峻な山脈が縦走しているため、水源地と河口の勾配の差は非常に大きくなっている。明治維新後、オランダの近代河川工法を日本に輸入したヨハネス・デレーケは、「日本の河川は、河川でなく滝である。」と言ったと伝えられているが、ある二地点間の距離に対してその間の標高差が非常に大きい、日本の河川の特徴を的確に言い表している。

河川の特徴を表す指標に、河状係数というものがある。河状係数は、河川の最大流量と最小流量との比のこと(最大流量/最小流量)である。世界の主要な河川の河状係数を比較すると、日本の河川のそれがきわめて大きいことが分かる。日本の河川のうち、河状係数が最大となっている利根川では、その値が約900にも達する。これは、最大流量が最小流量の約900倍になっていることを示している。

人間にとって水は必要不可欠である。飲料、洗濯、炊事、排泄等、普段の生活の中で用いられる生活用水。農業によって食物を得るために用いられる農業用水。また、さまざまな産業活動を行うためには、工業用水が必要とされる。このように、水資源の使用は、人間が生存していくためのさまざまな活動と密接に結びついているため、人間が安定した生活を営むためには安定した水供給が求められるのである。

日本の河川の河状係数が大きいことは、安定した水供給を確保する際に大きな障害となる。最大流量が非常に大きいときには洪水が発生するため、水量が豊富であっても結局その大部分は用いることができない。また、最小流量が小さいことは、安定した取水が不可能になることを意味している。安定した水供給を確保するためには、河状係数を減らす必要がある。利水目的で、大量の水を一時的に貯留するダムが建設されるのは、河状係数を小さくし安定した水供給を確保するためである。

 

水使用量の内訳

 図−1は、昭和50年から平成8年まで22年間の、日本の水使用量の内訳と経年変化を示したグラフである。水使用量全体の推移については、平成5年以降徐々に減少していることが分かる。平成8年度の水使用量の内訳は、農業用水の占める割合が最も高く590m3/年で、全体の67%を占めている。工業用水と生活用水の水使用量の全体に占める割合は、それぞれ123m3/(14)163m3/(19%)である。

 農業用水使用量は、昭和50年から54年までほぼ横ばいであったものが、昭和54年から55年にかけて畑地が増加したため、わずかに増加している。しかし、昭和55年以降、減反政策により水田が減少したため、全体的には横ばいである。

 工業用途向けの淡水使用量は、昭和50年代中頃までは、日本経済の高度成長にともない急激に増加している。その後、工業生産体制がほぼ成熟した昭和50年代後半には減少に転じ、昭和60年代から今日にかけては微増傾向にある。

 工業用水の特徴は、一度使用した水を回収し、再使用が可能なことである。工業用水の回収率は、昭和40年代には40%程度であったのが、50年代前半には70%に達している。その後も回収率は年々上がっており、現在では779%の工業用水が回収され再使用されている。その結果、新規に取水される工業用水量は、昭和40年代後半から緩やかに減少している。

 生活用水は、昭和50年以降単調に増加している。生活用水使用量増加の原因は、人口の増加およびライフスタイルの変更により1人あたりの水使用量が増加したことである。これらの理由により、昭和50年から平成2年まで、生活用水使用量は緩やかに増加した。平成3年以降は、増加率が鈍化し、平成6年から今日までは微増にとどまっている。

 このように、日本の水資源を使用状況から見てみると、高度成長期にみられたような短期間に水需要が急増するような状態は脱していることが分かる。

 

頻発する「渇水」

 近年、日本全体の水使用量はほぼ横ばいであるが、数年に一度の割合で局地的な水不足が引き起こされている。このような水不足に対応するために、国土交通省の地方整備局と河川局は、ほぼ毎年、渇水対策本部を設置している。日本全体の水使用量はほぼ横ばいであることを考慮した場合、頻発する渇水は慢性的な現象として捉えられるものなのであろうか。

 前回のレポートで述べたが、人間が利用している水は河川水と地下水といった淡水のみである。日本では、淡水の大部分を豊富に存在し容易に取水できる河川水に求めている。しかし、日本の河川水は短い距離を速いスピードで流れ去ってしまうため、降水量が少なくなると流量が著しく減少してしまう。それゆえ、日本の水資源事情は、変動の激しい降水量に影響を受けやすく、短期的・局所的な水不足が頻発してしまうと一般的には考えられている。

 

国土交通省による水資源の実態把握

 現在、国土交通省は、水資源の実態を表す指標として、降水量と水資源賦存量を用いている。水資源白書の冒頭に毎年出てくるグラフは、世界各国における人口1人あたりの年降水総量・水資源賦存量を比較したものである。(図−5) 右側のグラフを見ると、日本における人口1人あたりの年降水総量・水資源賦存量が世界平均と比較して小さく、水資源はそれほど豊富ではないとの印象を受ける。

水資源白書においては、渇水という事態を説明するために、水資源賦存量を用いている。水資源賦存量は、降水量から蒸発量を減じたものである。降水量が減少すると、気候が乾燥し蒸発量が増加するため、水資源賦存量の減少率は非常に大きくなる。昭和41年から平成7年までの30年間の、水資源賦存量の平均量は、4,217m3/年である。一方、もっとも降水量が少なかった3カ年の平均水資源賦存量は、2,804m3/年でしかない。これら二つの数値を用いて、渇水年の水資源賦存量は、平均の7割弱でしかないと主張されており、少雨による水不足の深刻さを述べている。

また、日本は水資源使用率が比較的高い国であるため、水資源賦存量と水使用量の差はそれほど大きくない。平成7年の水使用量の合計は872m3/年である。そこで、水使用量と水資源賦存量の比較は、少雨による水不足の深刻さを訴えることができる。

 近年の水資源白書では、「少雨化傾向を懸念した水利用の安定性へのニーズが出てきており」(平成13年度水資源白書)などの記述に見られるように、水資源開発の重要性の根拠として少雨やその結果として引き起こされる渇水を用いている。

 

平成6年度・列島渇水

 平成6年度は、明治30年以来もっとも降水量の少ない年であった。この年の渇水は、日本各地で渇水被害を引き起こしたため、現在では列島渇水と呼ばれている。国土交通省の前進である建設省は、河川局および各地方整備局に渇水対策本部を設置し、各地で給水制限等の対策を講じた。渇水発生地域に指定されたのは130地区を数え、平年と比較してきわめて多いことが分かる。渇水により最も大規模な給水制限が行われたのは、高松市・松山市・福岡市・佐世保市の4市である。特に福岡市の給水制限は、平成684日から翌531日までの295日にも及んだ。

 列島渇水と名付けられていることから分かるように、このときの渇水は全国規模であったとされている。しかし、図−1から分かるように、平成6年度の日本全国の水使用量は平年並みである。列島渇水の影響は、日本全国の水使用量について考えると、統計的に有意な差は全く存在しないのである。

 平成6年のような記録的な少雨の年でも、水使用量が安定しているのには理由がある。第一の理由は、安定して利用できる水資源量が実質的に変化していないことである。少雨によって失われる水が、主に洪水である。洪水は水資源賦存量に含まれており、理論上利用可能な水資源として扱われている。しかし、降水量が平均的な年でも洪水を利用することは困難であり、洪水は水資源賦存量に含まれているが利用不可能な水と言うことができる。それゆえ、渇水年の水資源賦存量の減少量は、洪水量の減少量と対応しており、水使用量の減少量との相関性は低い。

 それでは、なぜ平成6年度の少雨が列島渇水と呼ばれているのか。原因の一つは、国土交通省による水資源の実態把握の方法にある。前述したように、国交省は水資源の現状を把握するために、降水量と水資源賦存量を用いている。平成6年度のような記録的な少雨の年は、降水量・水資源賦存量ともに全国規模で大幅に減少する。それらの数値を用いて現状を分析するため、水使用総量が平年と比べて変化していないのにも関わらず、渇水の規模を実態より大きく扱うことになってしまう。日本の水資源の実態を正確に表すためには、降水量と水資源賦存量に加え、水使用量も用いる必要があるのではないか。

 

農業用水は減っていない

 では、もっとも被害の大きかった福岡市(筑後川流域)において、渇水の実態はどのようなものであったのだろうか。工業用水使用量に関しては地域別の水使用量が示されていないため、福岡市の水使用量がどのように変化したのかを把握することはできない。図−3に示されている全国の工業用水使用量の経年変化を見ると、工業用水は平成6年度も緩やかな減少を続けている。その前後の年の水使用量と比較する限りでは、渇水があったという事実を読みとることはできない。

 国土庁の統計によると、北九州における農業用水の使用量は昭和50年から平成8年まで、ほとんど変化していない。不思議なことに、平成6年度の列島渇水においても、農業用水の使用量は全く変化していないのである。生活用水が、295日にもおよぶ給水制限を受けているときに、農業用水が全く変化していないのは不自然である。

 実は、平成6年度の列島渇水の際、福岡市において実施された295日にも及ぶ給水制限は、生活用水に対して行われたのである。福岡市水道局の統計から、平成6年度の給水制限量の減少率を計算すると、約6%である。これは、全ての福岡市民が1日あたり約6リットルの水を節約したことになる。

 295日と長期間にわたる生活用水の給水制限。一方、全く変化しなかった農業用水。常識的に考えれば、農業用水も給水制限を受けるべきではないのか。もしそうしていれば、生活用水の給水制限を緩和するなどの措置を取ることもできたのではないか。

 

水利権

 河川水を取水して利用する際には、河川管理者の許可を求めなければならない。これが、河川法23流水の占用の許可で定められている、水利権という権利である。

 

(流水の占用の許可)

23  河川の流水を占用しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。

 

 水利権には2種類あり、通常の水利権は安定水利権と呼ばれ、いつでも安定して取水できる権利である。もう片方の水利権は、暫定水利権である。暫定水利権は十分水のあるときは取水できるが、渇水の時には取水できない権利である。高度成長期以降新たに生まれた水需要は、ほとんど都市用水(工業用水と生活用水を加えたもの)である。新たな水需要に対しては、既存の安定水利権を再配分するのではなく、ダム開発などによって生みだした新規の水利権を、暫定水利権として都市用水に当てたケースが多いと考えられる。その結果、渇水時に取水制限を受けるのは都市用水のみであり、農業用水は従来通りの安定した取水が可能なのである。

 列島渇水時の筑後川流域の水利権についての詳しいデータは公表されていない。中西準子氏は、首都圏の暫定水利権を独自に算出している。図1−2は、首都圏の渇水時の水源手当の推計である。この推計によると、渇水時には暫定水利権の100%が削減されていることになる。列島渇水時の水利用量から推察するに、筑後川流域の水利権も同様になっている可能性が高い。それゆえ、農業用水は削減されず、生活用水が専ら取水制限を受けたのではないだろうか。

 減反政策により水田が減少しているのにもかかわらず水利権の見直しが行われず、農業用水が安定して確保されていることは、利水行政の構造的な欠陥である。

(中西準子氏によると、「この暫定水利権の内訳を、どういう訳か国土庁は発表していない。」と述べ、日本の渇水を行政起因渇水と呼んでいるが、これが事実であるならば国土交通省の渇水陰謀説さえ疑われる。)

 

今後の水資源開発

 今まで、水資源開発という目的をかかげ、たくさんの利水ダム(多目的ダムのうち利水が主目的のものも含む)が建設されてきた。しかし、今後の水開発事業は、ダム建設のような構造的アプローチ(Structural Approach)に加え、利水権の見直し等の非構造的アプローチ(Non Structural Approach)も同時に考慮されなければならない。

 

(参考文献)

中西準子「水の環境戦略」(岩波新書) 1994

高橋裕 「都市と水」(岩波新書) 1988

国土交通省 水資源部「日本の水資源」(水資源白書)

池田修「水利権の再配分を推進するために」土木学会誌Vol85, Nov 2000, P.3637

山口嘉之 「水を訪れる」(中公新書) 1990

 

 

今後の予定

・「治水事業の構造改革」

・「利水事業改革へ向けた動き」

・「治山治水緊急措置法」について

・「新しい全国総合水資源計画」について

・「河川審議会答申・川における伝統技術の活用はいかにあるべきか」について